倒産列伝001~不可解な手形③

倒産列伝

 誠実でまじめな社長は、地元の裁判所にあっけなく自己破産の申立を行いました。

 やはり当社との取引開設は、自社を延命するためにどうしても必要な理由があったのでしょう。Aさんも、ひんぱんに出張し先方とコミュニケーションを図ることで私が保留する理由のヒントを探し、同時に決算開示の意欲を下げない様に気も使いながら努力されていたのですが残念な結果になりました。

 周辺には「早く取引してあげていれば倒産しなかったのでは?」と邪魔したこの私に「悪者」感が漂い、無言の非難を浴びる事になりましたが、「これが最善だった」とわかってもらえる事実が後日、分かることになりました。

 この社長さんは数年前に税務調査で厳しい処分を受けてしまい、これが原因で金融機関に総スカンされてしまったそうで誰も資金を貸してくれない中、知人を頼ったところ隣県の人物を紹介されたそうです。

 その人物から手形貸付として年商を超える現金を融資して頂いたのだそうです。でも毎月末に手形を決済させるのは、不渡りのプレッシャーもあり精神的にはすこぶる辛かったと思います。毎年金額が減らなかったのは、返しても返しても高い金利をかすめ取られ借換させられていたのかもしれません。この人物は果たして支援者だったのか、怖い人だったのか、今となってはその手形貸付の返済が資金繰を苦しめていた事は間違いないものの、結果的に情報の開示も無く取引も開設しなかったので貸付けた人物の素性は分からずじまいでした。

 ただ、この原因を作ったのは社長さんご本人です。でも真面目で誠実な彼であったからこそ皮肉にも、取引に関係のない不可解な手形を振出す事で負債を膨らまし、当社の様なカモ(金づる)を連れて来きて返済のペースを上げろとプレッシャーをかけられていたかもしれません。最後は自己破産せざるを得なくなるまで追い詰められたということでしょうか・・・。

 当社が、もし取引口座を開設してしまっていたら・・・それなりの金額の債権が発生し、我々と取引する事で得た収入は、不可解な手形の決済(返済)に回り、破産事件の犠牲者(債権者)として大きな損害を被っていた事は間違いなかったでしょう。

 Aさんには「私がなぜ時間稼ぎをしたのか」後日、下記を打ち明けて納得してもらいました。

【与信管理実務者としてAさんに伝えたこと】

●決算書を見たとき過去から存在する高額な手形の存在に気づいた。

●その手形の残額におおきな変化が無かった(いっこうに減らなかった)。

●誰に振出したのか分からなかった。少なくとも同業では無いと思われ危険な様相は明白だった。

●しかし必ずしも高額な手形について確かな事実も確認できていないのに「先方が危機状態だ」とか、「不適格な相手」だとか、短絡的判断をしてしまうのは逆に商機を逸する可能性もあり、あえて確かな事実を確認できるまで時間稼ぎをするしか無かった。

 あの社長さんが、真面目で誠実な方だった事がとても残念で、税務上の問題を起こさぬ前に、また怪しい手形借入れに手を出す前に、こちらと出会えていたら「やってはいけない」事の助言ができたのかもしれません。

倒産列伝001 おわり