倒産列伝005~割に合わないんです③

倒産列伝

「お前ぇぇぇっ、娘のマンションを取り上げるのかーーーーーー?」

「へ?」突然の社長の激高ぶりに私は頭が真っ白になりました。ふと我に返り「地雷を踏んじゃった?」と理解し、「社長ぉぉぉ、それは誤解ですぅぅぅ」と大慌てで弁解しました。

 いつもの事ですが、債務者の方々がご自身の貴重な資産を積極的に教えてくれる事はありません。その情報を引き出すには、だいたい長い年月で築かれた信頼関係が一番で、その次は「守ってくれる」という安心感を得た場合という、私の当時の段階での成功体験があったので、その演出はかなったと思込み、未だとばかりにあらかじめ調べた資産(不動産なら登記簿謄本など)をお見せしたのでした。

 支配人らしきウェイターの方は、こちらを見ていましたがお客さんが少なかったので我々のテーブル近寄ってくる事はありませんでした。我々も悪党ではないと思ってくれたのだと思いましたし、悪いのは社長さんだなと感じてくれていたのでしょう。

私 :「この物件は、静かな一等地にある高級低層マンションの最上階の3階ですが、共同所有者に女性のお名前があります。それは奥様ではなく娘さんなのですか?」

社長:「そうだ、バカヤロー。」

私 :「ただ、抵当(例えば根抵当)をつけさせて頂くだけなので、それで社長の会社の延命ができればと思いご提案したのですが・・・。決して取り上げるわけではありません!」

 と言って私は、大きく息を吸って社長の勢いに負けじと反論しました。

後輩:「先輩っ、やばいっすね。」

 と社長にも聞こえるイラつく発言に、どれだけこいつ(後輩)の頭をど突きたくなったかわかりませんが、それは我慢して

私 :「会社の現状をご説明頂くか、そうでなければこの不動産を決して奪い取るわけではなく担保としてご提供頂く事を検討して頂けませんか?2番抵当ですが、先巡の銀行ローンは年代からしてとうに終わってると予想しますので、今の負債をカバーするには十分に余りある担保価値だと思います。」

社長:「じゃ払うよ。」

私 :「へ?」二度目の“へ?”でした。

社長:「あさって中に払うので待っとけ。」

 社長、払えるんだ・・・。「娘さんのために残したい資産は守り抜く」という感じで父親としてのプライドという地雷を踏んだのが逆に運よく功を奏した感じで事が収まり良かったのですが、こちらが気づかなかったら一生言ってくれなかったんだろうなと、当社と社長との普段の信頼関係の薄さ、営業マンの普段のコミュニケーションの足りなさに寂しもを感じるのでした。

 それからコーヒー代はこちらが負担したのですが、あれだけ怒って揉めた社長がウェイターさんと談笑して我々をにこやかに手を振って見送ってくれたのでした。我々は何とも言えない表情で、お辞儀をして喫茶店を出たのですが、社長の態度の豹変ぶりには違和感を覚えるのでした。

私 :「社長の最後のふるまいは世間体かな?何を意味していたんだろう。」

 そんな事は微塵も気にかけていない後輩が私に、「今日はホントに有難うございましたっ、お礼にご馳走しますよっ」 と言って連れていかれたのが駅前の大手ハンバーガーショップ。「先輩、今日はお金がないのでチーズバーガー単品一個で勘弁してください!!」

「へ?」三度目の“へ?”でした。

「てめ~なめとんのか?高級バーで一杯ご馳走するべき案件だろ」とメガトンパンチを食らわしたろか?と思いましたが、ハンバーガーに食らいつく彼の営業マンらしくなった「面の皮」的な憎めぬ顔を見て、元上司の私の怒りも静まり、振上げた心の拳を下げたくなるのでした。

 「与信管理者って割に会わねぇなぁ」電車で夜のネオン街を見ながら呟き、家路につくのでした。

 二日後に、例の社長から延滞債務と当月支払分の満額振込がありまして、同時に感熱紙FAXにて我々宛に5ミリ文字で1.5mにもなる「私は、逃げも隠れもしない」とか「踏み倒す人間ではない」とか「信頼関係を大事にする」とか延々と述べた長文が送られてきました。感熱紙だし文字も小さいので表現がわかりかねる部分もありましたが、「本当の自分は正直で潔いのだ」というアピールの様でした。

 本音、あの社長は余力はあったのでしょうが人情で押切るタイプの人で、あまったキャッシュで他の用途でもあったんでしょう。「あんたとこの規模の会社なら、このぐらい面倒見てもよ。何年付き合ってんだよ?」的な考えの人だったのだと思いますが、その考えは上場している当社にとってガバナンス上、時代に合わないお考えなのだと理解して頂くべきでした。

 後日、同じ業界の卸売業の社長から展示会のパーティで「お前、あの社長をいじめたんだってなー?かわいそうだろうよ!!(怒)、今後いじめるなっ。あそこに物を売るときはウチが経由してやっから、ウチを通せよっ」と、親友を虐められた人情派番長の仕返しみたいに言ってきました。詳しく聞いたら、店舗をその社長に売却し実質廃業、そこから運営を受託して(リースバックの様なもの)細々と過ごすとの事でした。

 「なんだよ、私が悪者になってんじゃない?」

 当の後輩は、担当で無くなり「あのお客さんを気にしなくて良くなったので、楽になりました~」という始末。

 「ホンっと、割に合わない」(おわり)

【与信管理実務者のまとめ】

・帳票作成の苦手な取引先に債務の繰延べを受ける場合がある与信管理実務者は、あらかじめエクセルなどで資金繰表等の雛型を作っておくと良いです。

・調子のいい営業マンに限って最初の与信は甘く、支払遅延等の問題が起きると豹変し相手を責めまくる傾向があります。与信管理の失敗は「自分自身の責任であり、相手を責めるのはナンセンス」と自覚してもらうよう教育する必要があります。

・「与信管理実務者が同行しても(回収交渉など)ダメだったから」として営業側の債権放棄等の免罪符にならぬ様、同行には役割や目的を明確にして臨む必要があります。でも社外からの評判では「悪者にされる」事も多く、それは「割に合わなく」ても、会社を守る者の宿命として甘んじて受ける姿勢でいるしかないと思います。