倒産列伝008~お色気与信に逆切れおじさん⑤

倒産列伝

 「当社へ一度、お越し頂きたくお願い申し上げます。」

という表現では、なかなか打っても響かない。このまま出てこなくなるのかな?ホテルにこもったりして倒産(法的整理)の準備をしているパターンもあるし・・・。

 そうは思いつつも、いよいよ最後通告っぽく「今週中に当社にお越し頂かなければ、仮差押さえを実行します。」ということ、そして「資金繰表もご提出願いたい。」と強い調子で先方に通知し、それを“おじさん”に伝えてもらいました。

 そうしたら、すぐに「〇〇日にそちらに出向く」旨の返事があり、その当日がきました。

おじさんの顔は「赤ら顔」、債務者の顔が赤らんでいるときは資金繰りが本当に苦しく、毎日毎夜、不安で眠れず大変な精神状態であることが経験上予想できます。

 「やっぱり、相当苦しいな・・・でもこの不誠実さには、くぎを刺しておかなければズルズルと行かれてしまう・・・。」そう思いながら、おじさんと我々がテーブルをはさみ対峙したところで役員が

役員:「今回の件は、どうなんでしょう・・・。どうにか円満に支払ってもらえませんか?」

 おじさんは、この問いかけに払えなかった言い訳どころか、要求していた資金繰表も持参せず、なぜか実現性の低い将来の話ばかりをし始めました。

 「〇〇さえ売れれば」「〇〇の企画がうまくいけば」挙句の果ては、「〇〇社が支払を止めたのが問題」と言う始末で、私は呆れ果て

私 :「社長(おじさんのこと)、私どもがお伺いしたいのはまず、なぜ払えなかったのか?です。払えない理由をおっしゃって頂かなければ、ご協力のしようもございません。資金繰表をご持参頂く様に申し上げたはずですが、お持ち頂いてる風には見えないのですが・・・。」「資金繰りが苦しいのでしたら、打ち明けて頂けないでしょうか?」

 私が、おじさんに投げた言葉は、冷たく強い口調に聞こえたのかもしれません。

 突然おじさんが、「いいよっ、払ってやるよっ。払えばいいんでしょ?お金はあるよ、数日で払う。」

と叫び出しました。私の言葉に逆ギレです。

役員:「有難うございますー。」となんか調子いい・・・。

x営業側のなんだか軽いノリに、おじさんは何かを悟ったのか能書きを散々並べまくしたて、当社を非難する言葉を吐いてきました。営業は、お金さえ払ってもらえれば、あとは用がないので「もうしばらくの辛抱」ってな感じで聞いていましたが、私はだんだん懸念を感じ「こういう人は、危険だ。自分が悪い事をしたという感覚よりも被害者意識が上回り、話をすり替えてそこかしこで吹聴し当社のリピテーションを下げる様な行動に出て、挙句の果ては不払いを続ける恐れ“大”だ。」「現に、お詫びの一言すら無い。ひょっとして営業側の、なにか弱みでも握ってるのか・・・?」と思うのでした。

 でもそれはそれ、私が営業の都合に同調する必要もないし、営業から何も聞いていないし・・・。

 そして私は、おじさんのマシンガントークを遮り、こう言い放ったのでした。

私 :「こちらはお支払いを遅延された後も、さんざん待ったあげくお呼びたてしたのに、よくその様な言葉を発する事が出来ますね。それは、なぜですか?」

 敵味方みんな、その場の空気が凍りつくのがわかりました。言い過ぎとは思いませんでした。

私 :「こちらに、なにか落ち度でもありましたでしょうか?なんの返信もよこさず、心配をかけるだけかけて、そのまくしたてる様な逆ギレ・・・理解に苦しみますが。」

「かつて社長(おじさんのこと)の御身になにがあったのかわかりませんが、その様な態度に出られるのなら誰も助けてくれませんよ。ましてや従業員の方々が哀れでならない。」

 私は、より冷酷なイメージに受け取ってもらえる様に無表情かつ落着いた口調で話したのでした。

 彼の所業は、毛並みのいいエリート非常勤傀儡社長を看板に据え、巧みなプレゼンで一流商社や通信会社の出資を引出し、それを社会信用として方々にアピールし、そしてお色気デモでプロモーション、うちの精の余る営業マン達を釣りあげ最後は不払いして「ドロン」するという詐欺の典型に見えてならないのでした。

 実際そんなつもりはなくても、過去に背負った負の遺産(親族の負債やご自分の失敗ビジネスの負債)に関わる背後の見えない債権者が糸を引いているかの様に思えてならないのでした。

 本当に真剣に仕事をしてもこの様に嵌ってしまう方もいる事はいますが、不払いを許す理由にはなりません。詐欺と、一生懸命やったのに敗北して払えなくなった、というのを見極めるのはとても難しく経営者の普段からの誠実さと正直な告白しかないと考えるので、ここは性悪説でとらえるしかなかったのでした。

 「本音は、死んでも言えないんでしょ?」と心の中で罵った私は、黙りこくったおじさんに

私 :「社長(おじさんのこと)が何を言われても、明日15時を期限として支払わなければ仮差押さえると弁護士とも段取りをつけています。あなたは会社に帰っても、部下たちは動きませんし会社にも入れないと思いますよ。」

 最後の方は法的根拠は何もないですが、先方従業員の方々が協力してくれると確信しておりましたのでハッタリをかましたのですが、効き目はあった様でした。

 おじさんは「申し訳ありません。必ず明日までに全額お支払いします。」と言って、更に私が一筆書かせて翌日、15時に延滞分全額の元本(営業の願いで遅延損害金は免除)が振込まれました。

 事後私は、「やっぱり営業はなんかやましい事あったんでしょ?(怒)」と問いかけたのですが、すっとぼけ。「こんにゃろう。」と思うのでした。

役員:「まあまあ、全額無事に回収できたし、今後は当社がいったん仕入れて債務にするスキームに切り替えて債権リスクを負わなくなったので、いいじゃん。」

 あれだけ青ざめて、私に耳打ち相談をしてきた役員は「さあ次、次」ってな感じで変な前向き感をアピールしだし、私を呆れさせるのでした。

 後日、この一部始終を同席していた事務方の後輩が「相手が払うと言っているのに、あんな言い方は私にはできない・・・。」と会議の席、皆の前で非難気に言ってきました。でも調子のよい営業による怪しい「変に握られた赦しの空気」を悟ったおじさんが、本当に翌日厳に支払う気になったとは思えません。おじさんの逆切れの本当の理由を知り、痛みも知ったうえで自然に出た、あの最後のおじさんの「逆切れ」に返した、私の「逆の逆切れ」がカウンターになり、おじさんの心を突き、支払わせざるを得ないと諦めさせたと思うのです。

 それからあの会社は、いったん業務が停止し私的整理の状態になり、債権者説明会などが開かれ別事業の私的整理の案件も合わさって、海外にいた傀儡社長も呼び戻され債権者が入り乱れ大騒ぎになったそうです。

 多分解決はしないで放置化(休眠)されていくのでしょう・・・と思っていたら数年後にびっくり、全く違う業態に変わって、しゃあしゃあと当グループの子会社にビジネスを持掛けてきたそうで、別の役員が私に「事前確認せよ」と指示した事で、私が感知する事となりブラック顧客であるとして水際で取引を謝絶したのでした。

 こういう人は、ほんと懲りないのかな?

 グループ間の連携を強化するシステム構築を急がねばと思う次第だったのでした。

(おわり)

【与信管理実務者のまとめ】

・毛並みのいい(経歴の良い)社長の後ろに実質の支配者の存在に気づいたら、よくよく調査を。

・一流商社や大手企業の出資や取引実績は、信用を証明するものではない。出資したかどうか、取引したか、してるかどうかより、出資金額、取引金額(期間も把握するとなお望ましい)を確認する。

・お色気や饗応など、お誘われのおもてなし与信は代償がつく恐れ大。営業は「見抜くスキルと理性の醸成」そして、嫌われないお断りのテクニック習得が必要。

・債務者の逆ギレにはひるまず冷静な対応を。でも本当にお金の無い債務者の逆ギレには注意。

・緊急時の対処判断を事後に非難されるのは覚悟しなければならない。

・与信管理者は、グループ全体を俯瞰できる体制にする事が望ましい。