倒産列伝009~本当の敵④

倒産列伝

 西日の差す応接室のテーブルに両社対峙する様に向かい合って座りました。

 先方は、左から代表、担当プロデューサー、銀行から出向のCFO、緊張の面持ち。当社は担当ディレクター、彼の部下のチーフプログラマー、そして初登場の私。

 CFOの方と私以外はTシャツにチノパン姿で、典型的な業界スタイルでした。

 私の姿を見て「こいつ誰?」という彼らの心の声が聞こえてきました。

 私が名刺を渡すと、CFOの方の顔色が変わるのが分かりました。白髪の目立つ銀行でもまれ、苦労の刻まれたお顔でしたから、私の業務内容についてよくご存じの方だと判りました。

 冒頭、代表の社長さんから挨拶とお詫び、業務の進捗報告として担当プロデューサーの方から拙いながらも本気で取り組んでいる旨の誠意あるご説明がありました。実はこの方、代表の跡継ぎとの事で正式肩書は専務取締役となっておりました。

 「親父は苦労してきたので、なんとかここは頑張ってやり通していきたい。」と、若くはつらつとした気合のこもった説明でした。

 ただ、そのあとのCFOのご説明が、結局はメインバンクにそっぽ向かれているとの説明で、正直に伝えて頂くのは良いのですが、結構興ざめする、せっかく銀行からきている意味を感じさせない説明で残念な感じになりました。要は、活力不足と担保不足を理由に支援を得られない。当社からの前金があれば短期融資も考えられると言われているとの事。

私 :「要は、我々の追い銭が入金されたら、それを預金担保に使われるという事ですか?」

CFO:「まさかっ、めっそうもございません。」

代表:「社員一丸となって頑張ったのですが、御社の要求および検収基準が厳しすぎるので下請けいじめと第三者より言われている。ここは、追い金を頂かないと到底社員の士気および会社の存続に支障を来すので、なにとぞご理解を頂きたい。」

専務:「親父が言っている事は、言葉は悪いですが誠心誠意尽くしますのでなにとぞ・・・。」

 私は、本当に切羽詰まっているのだろうな・・・と思ったそのとき当社の担当ディレクター(D)が

D :「そのお言葉は何回目ですかね?」「馬鹿にするのもいい加減にしてください。」

 別に私がけしかけたわけではありませんが、Dの口から厳しい言葉が発せられたのでした。

D :「どれだけこちらが振り回されたと思ってるのですか?度重なる追い金の要請は、当社上層の信用を損ない、私も組織内で浮いてしまいました。プロジェクトの進捗はかなり厳しいものになっております。」「先に御社が、仕事を進捗させて、言葉ではない本当の誠意を見せてもらえないと、こちらはどうしようもありません!!」

 彼の激しい口調には私も正直驚きました。

D :「立て続けに追金を要求してくるなんて、こちらを甘く見すぎている。」「今回の件は資金援助なしで乗り越えて頂いたら、次の検収では再び(資金援助を)検討させて頂くこともできます。」

 開発系なのに、言うねぇ。

 ビジネスの場ではこのぐらいの覇気を示さないと、相手は一国一城の主、しかも必死の局面なのでいろいろ駆け引きをしてくるので、ここはこのぐらいが良いのかな、と感心してしまいました。

 いや、待てよ?・・・。

 私は、代表の発言の一部に気になるところがあったので、彼らのDへの反論を遮って伺いました。

私 :「社長、検収基準が厳しすぎるとか、下請けいじめとか言われましたが、当社側に落ち度があるのでしょうか?遠慮せずにおっしゃってください。」

代表:「当社が御社よりご指名を受けたときは問題なかったのですが、途中で行われる1回目の検収時から何回かやり直しの指示を頂いたので、プログラマー達の工程シフトが合わなくなり、残業代や応援人員に対する人件費が加算されてしまったのです。」

私 :「当初からギリギリの状態で仕事をお請けになったという事ですか?」

代表:「いえ、そこまでは無かったのですが、実は御社より仕事を請ける前に大仕事があり、それもスケジュールがズレてしまってましたので、その影響もあり・・・」

D :「聞いてませんよ、そんな話(怒)」

私 :「つまりは、前の仕事の負の影響を引きずって、当社の仕事を始められたという事ですかね?」

代表:「・・・。」

私 :「私は開発の技術には疎いのですが、こう言う仕事を長年していて利害関係者も守らないといけないというのは理解していますからフラットな立場でお話を伺ったのですが、聞くに工程管理面では残念ながら御社に非がある様に思います。でも検収時の要求ごとなどは、お願いしていた状態ではない、より良い商品を作るためですから技術上、多少の無理強いがあったかもしれませんし、そもそも要求している技術は、こちらが思うよりも大変なことなんでしょうね。」

代表:「そのとおりです。」「なので、恥を忍んで追い金のお願いに参りました。」

私 :「それでは、資金繰表をご提出いただけますか?当社も個人商店であれば心意気一本で決められるでしょうが、企業なので関係部門の承認が必要です。そのためには御社がどれだけ困っているのかを定量的にも示さないといけません。」

   「過去1年の資金繰実績、未来1年の資金繰計画について、すでにありましたら頂けますか?」

   「決算書(BSPL、CF)はもちろん、過去三期分をください。」

 代表とCFOがどぎまぎし始め「御社のトップに直談判すれば何とかなりませんかね?」と言い始めましたが、それを御曹司が断って「わかりました、ご提出します。」と返事し、私が「お待ちしております。それからご支援を考えましょう。」と返し、その場はお開きになりました。

 お見送りのためのエレベーターに続く廊下での帰り際、私は代表に対し

私 :「ところで、当社の前に請け負われた“大仕事”の相手と言うのはどちら様だったんですかね?」

 耳元でささやいたところ彼は「E社なんだよね。」と応えました。

 ん?E社?

 私はその場では顔色を変えず、笑顔でエレベーターの戸が閉まるまでお見送りしたのでした。