倒産列伝009~本当の敵⑥

倒産列伝

 Dは、会社にプロジェクト中止を提言する方針稟議の決裁を受けた後、会社を辞めてしまいました。

 あとの処理は、上長や事業責任者などの“敵”に託し・・・。

 子会社起案の稟議でしたが、私も与信チェック機能としての責任がありましたから、その提言を支持するコメントを付して稟議を回付し、その後は問題ない進捗でグループ経営の決裁がなされました。

 最終決裁した私の所属するグループ親会社としては、せっかくのプロジェクトだし1億以上の予算をつぎ込んでいるわけですから、簡単に「はい、そうですか」等と言えない声も出たわけですが、私の「これ以上関わるとE社の存在も加味すれば追い銭が続く上にチープな作品が出来上がる」という提言を尊重してくれたのか代替を求める声は少なく「クローズへと向かう方針、いわゆる中止」が意思決定されたのでした。

 長年、経営に携わる昔気質の現場を知っている上層は、その危険具合をよく知っていました。

 経済的にも市場の、そして社会的地位も断然上の当社が、資金繰不振を訴える下請開発会社に「お金を返せ」などと同次元レベルの事は言いにくい、またE社についても同様に、圧倒的にこちらが強いものの、狂犬社長と同じ次元で争うのは得策ではない。ということで回避するのが一番、内製化と称してプロジェクトを棚上げするのが良い、私が狙った通りの判断をしてくれたのでした。

 しかし数日たって「会議に同席をお願いできますでしょうか?」という連絡が入ったのでした。

 辞めたDの上司ラインである子会社の人達が、当然プロジェクト中止の責任を負うべきなのは彼らなのですが、中止を実行に移すのに私の意見が必要だというのです。彼らはDが窮地に陥っているのに無視し続け、そして存在も無視し続け、彼が辞めたことで中止の判断は私の具申に基づいたかの様な演出をしたいというのが分かりました。

 私は、与信管理実務者たるプライドがありましたので、もちろん稟議に吐いた自分のコメントは撤回する気は無かったですから、見え見えの嵌めの演出とわかっていても乗っかるしかなかったのでした。

 グループの決裁は下ったのに、また会議やんの?と私は訝しく思っていましたが、堂々と出席の返事を出したのでした。

 「嵌められちゃうかな?」

 E社に嵌められるか、社内の姑息な連中に嵌められるのか、どっちが良いのかな・・・。

 本当の敵は、誰なんだろう・・・。

 名目上、グループの子会社となっていた開発現場の会議室は、狭く長机が並んでいるだけのシンプルかつ殺風景でちょい暗めの場所でした。出席メンバーがそろったところで、テーブルの真ん中にあった会議用の電話機器が、“ぷーひょろひょろ”と鳴りはじめ、海外のどこかと繋がった感じでした。

 「今回の件について、ご報告した件であらためて稟議の結果のご報告とご意見を頂きたいです。」

と開発の責任者が急に言葉を発したかと思うと電話の先は時差もあるとの事でしたが、軽やかでさわやかな声が聞こえてきたのでした。

 「なぜ、E社が問題ということで撤退を支持するのですか?」

 スマートな話方で、電話の主から私に問いかけがありました。

 「それは・・・E社だからですっ。」

 私は、私の実績を知っていて、考え方も良く理解してくれている百戦錬磨のプロパー経営陣に甘えていたのかもしれません。この時ほど、自分の語彙の無さに情けなくなりました。

 E社の狂犬ぶりは、業界でも有名だし、また債権がらみの非道さも知っている人は知っているはず、と決めつけていました。

 「ははは。」 声の主は、一笑という感じの笑い声を発しました。

私:「E社は、債務者に返済させるためだったら徹底的に追い込みます。過去にも他であったのですが、自分らの回収原資にするために、善意の対抗者(ライバル債権者)を利用して、盗人に追い銭のシナリオを作り、当社の様に債務者の延命を図るための前渡金を入金させて、それを自分の返済に回させるのです。」

私:「追い銭、前渡金が当社のために使われることはないのです。」

私:「今までに予定外の入金してもなお、予定通りに開発が進まない、倒産してしまうとの殺し文句で追い金を要求してくるのは、E社が後ろで手を引いているからです。」

私:「ある程度追い銭をいれたところで突然、こちらになんの相談もなく破産の申立をさせるはずです。」

「その時、E社は少しばかりの債権を残し、涼しい顔で破産債権者説明会に出てきます。」

「当社が気づいたときには回収不能な破産債権を抱え、開発の仕掛も一切進んでおらず、やられたと地団太を踏んでも後の祭りです。」

「なので被害を最小限に食い止めるには、今のうちに断ち切るべきなんです。」

 電話の声の主はそんな私の拙い説明に、

「そうですか・・・証拠がないので釈然としませんが、あなたの知見からくる提案を経営陣が受入れたなら仕方ありませんね。」

 とささやく様な声で電話を切ったのでした。

 誰?既に経営が決裁したはずなのに、どうして聞いてくるの?

 そうです。

 実は私が話をしたのは、いずれこのグループ経営を継ぐ人物だったのです。

 合理派の別業界(金融業界)出身の人って聞いていたので、私は「あぁーしまったなぁ。」「ドラマ仕立ての作り話と思われちゃったなぁ。」

 私は、こういう機微な事象の説明をするのに語彙力を鍛えていなかったので、とても後悔しました。

 とてもとても業界を知らない人に説明をする内容ではありませんでした。

 「裏決裁ルートが出来ていたのか、嵌められちゃったなぁ」

 でも人のせいにするのはやめよう。

(⑦へつづく)