【どーかつ先生】
それはまだ、私が営業マンから債権回収担当の管理マンに転じたばかりの頃、与信管理の業務を始めたいと思いはじめる前のことです。
日本の経済成長を止めてしまった「失われた20年」と言われる“バブルの清算”、その入口?とされる重暗い空気が漂い始めた頃でした。遠い地方の取引先が、何の前触れもなく再生型の法的整理を申し立てたのです。
世の中は既にバブルがはじけて大不況に陥っていましたが、私どもの業界はそれをしり目に成長の勢いは変わらず「不況に強い」と、もてはやされていた矢先の出来事でした。
当社は不覚にも貸倒懸念債権を持ってしまい、経営をはじめ経験豊かな上司ですら取引先の倒産対応について経験が少なく、ショックを受けどうしてよいか分からず、社内は混乱してしまいました。
とりあえず、現地の営業に現場に出向いてもらって「商品を引き上げよう」とか、「白い紙キレをもって差押えと書いて貼っとく」とか、「社長を見つけ出していろいろ念書を書いてもらう」だとか、皆真剣に手探りの思いつきでなんとか債権回収できないか?と模索し行動しましたが
「商品の引き上げをしようとしたら、弁護士さんからとうせんぼされた。」
「紙切れなんて、何書けばいいの?」
「社長は、電話や携帯に連絡とるも一切出ない、どこ行ったかもわからない。」
これらすべて、何の根拠もない行動ですからうまくいくはずありません。
いまでは法的整理の申立後だと債権者は落ち着いたものです。でも当時はライバルの債権者もいるわけだし、居ても立っても居られないわけで、いろいろあがいて、全て空振りに終わったのでした。
「これじゃ、どうしようもないし、強引に出たら法的にこちらが悪くなる。しょうがない。」
経営もこの有様を理解してくれるわけでもなく「どうしてなにもできないんだ!!」と怒るばかり。
閉口していた矢先、A弁護士事務所が申立代理人であると名乗り出てきたので、さっそく上司と「交渉次第で何とかなるか?」なんて甘い期待を抱きながら二人で事務所に向かう事になりました。
その事務所は永田町にありながら暗めの雑居ビルのせまい一室で、なんだか「ほんとに弁護士事務所なの?」という雰囲気。「地方の破産事件なのに、東京の申立代理人なんだ・・・。」と訝しく思いながら中におじゃますると、せまいスペースに強引に置かれた中国式の丸テーブル。中国人の偉い先生が書いたと思われる額縁入りの揮毫?急ごしらえなのかその他は何もない。
「なんか怪しいね」と上司がささやきました。
5分くらい待たされて、パーテーション奥から野太い声で「いらっしゃい!!」
どっかの個人商店を訪問してしまったかな?そう思えた瞬間に
背もおなかも大きいがっちり体格の、やや長髪気味なオールバック、それ以上に態度がすこぶる堂々と言えばいいのか、ふてぶてしいと言えばいいのか、威圧感の高いダブルのスーツで迫力のあるいでたちの御仁が、ズズっとあらわれたのでした。
弁護士バッチはついてない。でも名刺を頂くとA弁護士と書いてある。
A弁:「おまたせしましたねぇー。話は秘書からききましたー。」
その御仁は、テーブルの椅子にドカッと腰掛け
A弁「でもね、あなたがた〇〇社さんくらいのね、大企業さんがね、そんな額でいろいろ文句を言っちゃいけないよ。」
上司と私:「は?」
私:「金額ではありません。貸倒処理にかかる負担は金額の話ではありません。また当社にだって株主をはじめ利害関係者がたくさんいます。大きなニュースにもなっていますし説明責任があります。投じた資金の回収努力をするのは当然です。」
当時、起業魂旺盛な経営者が多く、債権の回収について「1円も1億円もいっしょ」、金額が少額だからと決して妥協しないというのが常識でした。
現に1円でも1億円でも貸倒た場合、その会計処理や回収にかかる費用は同じで、それは今でも変わらないと思いますから、単なる精神論ではなかったのです。しかし、素人で債権者の事を理解できない情に流されやすい世論では「そのぐらいの金額で」なんて言われることは多いのも事実ですが、申立代理人の先生が発するのは意外勝つ乱暴な発言で憤りを感じるのでした。
さらに・・・奥の方から
「なに言ってんのー?痛くもかゆくもないでしょう?」てな発言者不明のヤジが事務所の奥からとんできました。
それを聞いてイラっとしたのでしょうか、上司も
上司:「いささか失礼ではありませんか?」
上司:「先生、こちらにもいろいろ都合がございます。申立ての前に話もできたでしょうし、いきなり法的整理はないでしょう?まだ開始決定の前の段階ですからいくらか事前弁済の話し合いはできないものでしょうか?」
と発言したとたん
“ドッカーン”
突然、中国式の丸テービルが音を立てその振動が脚を通じ床まで震わすほどの地響きを立てたのでした。テーブルの上の灰皿もピョンとバウンドするほどの衝撃でした。
上司と私が、びっくりしたのは当然です。
何が起こったのかと言えば、A弁先生が、テーブルを分厚い掌で思いっきり叩いたのでした。そして
A弁:「そんなことするんだったらーっ、破産をしかけるぞ!!、破産だぞっ、わかるかー」
A弁:「破産することになったら、お前らには一銭も行かなんだぞー!!」
なんでこんなに怒るかな?
迫力のあるいでたち、今でいうアツのすごい先生?
いきなり大声で怒鳴られると上司も多少引かざるを得ず、まあまあとなってしまい
「しょうがない、裁判所でのジャッジを待つしかない」という事になりました。
そしたら落ち着きを取り戻したA弁先生が、優しい口調で
A弁:「ぼくは実はね、B党に所属する者なんだ。今は落選して浪人中なので弁護士をやってる。」
A弁:「近いうちに復活当選するべく出馬するから組織票が欲しい、ぜひとも君たちの会社でも応援してくれ。」
「はあ?」散々我々を恫喝しておいて、なに言ってんの?と思いましたが、ぐっとこらえて事務所を後にしました。
地下鉄駅までの帰り道、柔い夕日の差す永田町の路地を歩きながら私は上司に言いました。
「なんかヤクザに脅されたみたいな展開でしたね?あの抑揚つけた話し方が、それそのもので、ヤな感じでしたよね。」
上司は苦笑いで応えるのみ、会社への報告も含めこれからどうしようかと困った様子でした。
弁護士という肩書の方に出会ったのが初めてくらいでしたので、私にとって最初の印象と言うのは決して良くなかったかもしれないです。
弁護士ってこんなに威圧的で、政治家も目指すんだー。
(弁護士+政治家)≒傲慢で威圧的 = 当選 ≒ 社会をよくする?
帰り際、申立代理人としては素人な感じ、でも恫喝はプロ、政治家になって世の中を良くするために、いろいろ寄り道して変なスキルが身に着ていくんだろうな。
人の良い私は肯定的に受け止め、ビルに巣くうカラスの鳴き声を聞きながら、へんな数式を頭に想像するのでした。
この先生、この後当選してその後も継続して当選され、最後は国家の要職まで果たされたのでした。
(③のんだくれ先生 につづく)