【のんだくれ先生】
「このたび、この人に債権者の賛成票をとりまとめてもらいます。」
「はあ?」
C社長の突然の来社と、その発言に私たちは面食らってしまいました。
“①どーかつ先生”との話から約2年余りたったころの話。
あれから私のいる業界は、それまで成長株だの不況に強いだのと言われた時代が嘘のように過去となり、いまや経営危機の塊集団として社会的信用は地に落ちてしまいました。
それは業界だけでなくたくさんの企業を巻き込んだ大型倒産事件があり、業界筆頭の当社も深くからんでいたからで、さらに悪いことに“倒産列伝004”でも触れましたが、その事件に反社会的勢力の関りもうわさされ、ことごとくそれまで取引をさせて頂いていた有名企業が離れていったのでした。
その事件には十数社が連鎖倒産してしまったのですが、C社長の経営するメーカーD社もその一つで、再生型の法的整理を申立てる事になったのです。
連鎖倒産を招いたのはいわゆる融通手形が原因と噂され、いっそう世間をあきれさせました。
このC社長、とても調子よい明るい性格のお方ながら、やはり裏では反社との関りがあるとの噂もあり、やり手要注意のクセ者で、我々も彼が来社すると言って来た際は嵌められぬ様に細心の注意で身構えておりました。
そんないきさつで、西日の差す役員室で発したC社長の言葉が、冒頭のあれです。
私 :「債権者の票集めをして、まとめて一発で成立させるわけですか?」
C社長:「その通りです。破産してしまったら、さらに業界の被害が拡大してしまいますし。」
上司 :「当社は、裁判所で行われる債権者集会の賛否を第三者へ委任する行為は禁止しておりますので、この者を派遣します。」
私 :「私?」
という事で、私が債権者集会に出向いて投票をすることになったのですが、なぜかこのC社は申立てを遠い地方都市で行いました。申立ての前に登記面本店を移していたのです。債権者の出席モチベーションを下げる目的もあったのでしょうか。
ただでさえ少なくない債権に追銭費用は許されず日帰り出張、面倒くさいもいいところ。
裏情報を良く知る債権者のほとんどは“関わりたくない”とのことからあっさりと委任状を託していまして業界大手債権者は「ほぼ私だけ」、あとは業界外の下請けさんや消耗品の債権者ばかりでした。
債権者の賛成票取りまとめ役の人物のことも調べたら、弁護士である事が分かりました。
弁護士リストに載ってはいたものの、活動実績は無く、顔写真も古く「こりゃ怪しいな」と嫌な予感がしたのでした。
再生型の倒産の場合、計画的に巧みな戦術(適法の範囲)にて裁判に臨む債務者は少なくありません。でも再生請負人的な優秀な申立代理人の弁護士がついたなら当然ですが、登記を移したり票集めの代理人として活動実績のない弁護士を連れてくる手法は、なんだか怪しい感じしかありません。
やっぱこのC社長クセ者!!と思いながらも、一方でどんな手を使うのかな?と興味津々の自分もあり「まあ深く関わらない様なら、おもしろいから見ておこう」と内心、楽しみにはなったのですが・・・。
私が現地所轄の裁判所の債権者集会室に入りますと、いきなりC社長が
C社長:「〇〇社さーん、わざわざ当社のためにおいで頂き有難うございまーす!!」
なれなれしく私の手を掴んで揺すり(いわゆる政治家のやるような握手)、その瞬間「あー、私は会社からも嵌められ、このCさんからも嵌められちゃったのなー」と後悔してしまいました。
立場上引受けざるを得なかったものの、ほかの債権者から「この茶番劇」の片棒を担いでいるヤカラにみられるのは不本意でした。
し~んと静まり返った日の差し込まない暗めの集会室。しばらくすると申立代理人が入ってきました。恰幅良く偉そうながら、でもどことなくおびえていて不安そうないで立ちを見た瞬間、私にも衝撃が走りました。
なんとA弁護士だったのです。申立書など、よく見ておけばよかった!!
どことなく気の進まない雰囲気のA先生は、債権者に向かい合う様に申立代理人席に座りました。
びっくり・・・そして、なぜ?
頭が混乱している間に、気づけば集会室は債権者でぎっしり、でも知っている顔はいない・・・。
いかにも公務員な感じの髪七三わけの書記官が、債権者に「裁判官が入られます。」と促しました。
余談ですが、裁判官の姿も見てこれまた少しびっくり。茶髪のソバージュ風で細い今風のスーツに身をつつみ、軽いノリで裁判所までスケートボードで来ててもおかしくない雰囲気、見た目は痩せてた頃の葉加瀬太郎さんみたいな若者が入ってきた感じで「時代だな~」と思いました。
痩せた葉加瀬太郎(以下、裁判官)が「それではC社の倒産整理について決議を行います。」
すると一番前の席にいた小太りで小柄、ぼさぼさ髪で無精ひげ、いかにも生活に困っている感の男性が挙手し、よれよれとよわよわしく立ち上がりました。
酒臭い・・・
そして男性は、とつぜん大きな声で
「私はぁ、手持ちのリストにある債権者60名以上のぉ、債権者から委任を受けぇ、代表としてぇ、賛成票を預かってまいりましたぁ、弁護士のぉEでございますぅ。これわぁ債権者全体のぉ過半数でぇ、債権額の6分の4を超えており、成立の基準を満たしておりぃますぅ!!」
まわりの債権者が「このじーさん、なに言ってんだ?」という目であっけにとられている間に
裁判官:「はい、言いたい事はそれだけですね?ほかに意見のある方は?」
若い裁判官は、いかにも早く終わらせてしまいたいという感じで仕切りました。
すると、初老の男性が立ち上がり「こんなの茶番やろ?大した資料もそろえんで、ヤクザまがいの踏み倒しはゆるさないぞ!!弁護士かなんかわからんが債権者代表と言われても、そんなのこっちは会ったこともない。第一酒臭くてホントの弁護士なのかわからん。証拠を見せぇ。」
その瞬間、裁判官が「名乗らずに乱暴な発言は許しません!!退場させますよ?場合によっては処罰しますよ?」と超強気な発言。
「見かけじゃないな~」と感心したものの、「この初老の債権者の男性を怒ってもねぇ」と間違った方向に正しいご判断してる感じも否めず、まあ大茶番劇を見させられた気分でしたが、裁判官の一言で、債権者はみんな静まり返ってしまいました。
すると久しぶりのA先生が「裁判官、ではこのへんで・・・。」
軽くうなずいた裁判官は「では決議しますので投票してください。」
投票結果が出るまでの数十分間休憩に入り、私はA先生の目の前にいたのですが先生は覚えてらっしゃらない感じ。
変わって債権者代表の先生(以下、E先生)は、この間もジッと座ったまま。あれ以来一言も発していない。よく見ると微妙にふらついて、うつろ寝てるのかな?という感じだけど「酔っぱらってるな」というほうが合う姿で、弁護士のまっとうな仕事は無理な雰囲気かなぁという感じ。
票集計の時間はあっという間に過ぎ、まあびっくりもしない圧倒的多数で成立となって、またもやC社長が私に「賛成票を投じてくれて有難うぅございますぅ!!」と叫びながら近寄ってきたので
私は「はあ」とため息にも見た返事をし、Cさんの“いかにも”の勢いに逃げてしまいたい気持ちを抑え、苦笑いの握手で応え、うちもA先生やE先生と同じ役者に仕立てられちゃったかな?と思うのでした。
終了後に、帰りの時間が余ったので裁判所の近くをうろうろしてましたところ、あの「E先生」が裁判所出口の花壇の隅っこで、C社長からなにやらぶ厚い封筒を受け取っていました。中身は何か判りませんが、ビール券ではなさそうでした。
また、A先生が前に申立代理人を務めた地方の会社の大口債権者にC社が入っていたのを思い出しました。
この関係は何なんだろう・・・。
E先生の後ろ姿を目で追うと、かつて花街として名を馳せ、今では観光地となったネオン繁華街に、丸まった背中でトボトボと消えていくのでした。
彼が弁護士の免許を取得した時、どんな感じだったんだろう?
どうしてこんな人生になったのかな?
哀愁の漂う後ろ姿を見ながら思うのでした。
一方でA先生、このあと選挙で当選し国家の要職まで上り詰めるのですが、かつての債権者の代理人を引受ける事は先生にとって“腕のある弁護士”としてよかったかもしれません。でも、いろいろ風評もあるクセ者の演出した茶番劇の役者扱いとなれば、彼の気の進まなさそうな表情を見てその実、なにがあって、どういう気持ちだったのかな?と考えるのでした。
ご自身の大きな目標を適える為には仕方のない事だったかもしれません。
(④やめけん先生につづく)