【やめけん先生】
このBlogを読んで頂いている方は、みなさん与信管理実務に関わる方々と思いますので“やめけん先生”というのはご存じだと思います。
いわゆる、検事を辞めてきた先生の蔑称というか揶揄した表現と言うか・・・
いや、ノキ弁やイソ弁とかは未熟だったり仕事のできない先生を連想するのに対し「やめけん」は、長年検事として諸悪を退治してきた国家に多大な貢献をなされた方のはずなので、落差の激しい「蔑称」というべきでしょう。
今回は、その落差が生じる理由とも取れるエピソードです。
都内の閑静な住宅地、6階建ての本社ビルを構える新進の卸売業者、業界では飛ぶ鳥を落とす勢いで成長を果たしていました。
社長さんは老齢の経理マンの方で形だけ、実質の社長はバリバリ営業畑の常務Aさんでした。できる営業マンが会社をひっぱると成長著しいもの、でも事務方をないがしろにしがちで急成長のひずみが露呈しやがて倒産を招くことが多いのですが、ここもそうでした。
それまで当社は、このAさんが過去にも別の企業倒産に絡んだ過去がある風評と、それに関わるグレーな付合いを続けているという噂に嫌気し、彼の営業方針に合わなかったこともあり距離を置いたのですが、幾度となく熱心に取引を請われたので、当社側営業部門の幹部と話合い保証金を預かり、その100%を与信額とする厳しい条件を突きつけ、まずは実績を積んでから決算書など徴求し内容を見させて頂くということで取引を開始したのでした。
そして決算書を頂くとやはりイケイケの売上依存型で、売掛金と買掛金のバランスが悪く、そこかしこに異常値が垣間見え無理しすぎている経営なのがわかりました。
私 :「成長著しく営業の実力には感服します、しかしいろいろ課題がたくさんおありの様で、安定化を目指しそのプロセスを示す透明性も増すまでは、無担保の与信取引はできません。」
とお伝えしたところ
A氏:「自分の性格上、こうなることは十分に予測できた。部下にイエスマンを作り上げてしまうところは弱点だ。なので来月メガバンクの経営企画の現役幹部を専務に招く予定だ。」
噂とは裏腹に、しっかりしたお考えのようだ、この方なら必ずやいい会社に変えていってくれるだろうと、安心したものでした。
ところが、そのメガバンクの幹部さんが出向して一週間も経たぬうちに辞めちゃったとの連絡。
帳簿のふたを開けたらとんでもなかった、というのです。
決算書は、破綻性の高い内容だったものの成長企業にありがちでメガバンクの方だったなら立直しがいがあるのでは?と思ったのですが、同時にひょっとして粉飾ということ?そう思わざるを得ませんでした。
決算書がアラーム分析で既に破綻値を示していたので粉飾の可能性は高く驚かないですが、彼が実際の帳簿を洗い替えしたら既に手に負えないゾンビ状態であることに気づき、すぐに逃げ出したくなったのでしょうか・・・。
A氏は「もうしわけない、すぐに辞められてしまった。」と関係先に発信しましたが、会社に不満を持つ先方社員の話では「Aさんの思い通りに粉飾しなかった」「A氏の不正がバレそうになった」の声が聞こえてきたのでした。
そして数日後には破綻状態が表面化してしまったのですが・・・
なんと驚きなのは「A氏が警察に連れていかれ拘留された」とニュースが入ってきたのです。
その後は全く連絡取れず、何の嫌疑かもわからず会社はしばらく放置されそして破産開始を申立てたのでした。
社員の人達は割切って退職し、幹部の方の起こした別会社に乗り換え去っていきました。
怒ったのは債権者たちです。
A氏は逮捕される直前、取引先に「すぐに戻ってくるので商品を出荷して欲しい」と嘆願していたそうで情にほだされた先は“出荷してしまった”のです。
何もしなければ何の被害もなかった債権者が多くできてしまい担当者たちは皆、顔をつぶされました。
情にほだされ、冷静に与信管理をしていなかった企業は皆被害に遭いました。意外だったのは上場大手の債権者も多かったことです。
金融機関らも多くが被害に。
「銀行マンが、在庫を売ってお金に変えようと走り回っている」
まさかと思うような噂も出てきて、とにかく混乱を極め債権者は皆、損を取返そうと必死でした。
「また業界の評判を落としてしまった」「銀行が委縮し同業者の資金調達に影響してしまう。」という懸念の声も上がったのでした。
やがてそんな混乱のなか、破産管財人として登場したのが「やめけん先生」だったのです。
実質責任者だったA氏が警察に捕まった事から、この「やめけん先生が」ご指名されたのでしょうか?
私は法的整理いわゆる倒産事件には極力、申立代理人や管財人とは話をする様にしておりました。
既に撤退戦術で回収引き上げを行った先でも、少額の債権を残しておくことでその後の経過など情報が手に入ります。今回の様に複雑な経緯などは、債権者なら裁判所にて申立代理人や管財人が作成した報告資料を閲覧できるのもメリットがありました。
また、申立代理人や管財人とコミュニケーションをとることでいろいろ(タダで)教えてもらえ、後学として事例研究をすすめ社内の予防策構築にも役立つからでした。
ということで、管財人が当社に心証よく思ってくれるような情報(あくまでも管財人の負担を軽減する自社のもつ情報)を用意して連絡をしたところ・・・
やめけん:「はいはい、管財人の弁護士Bです。」
私 :「今回の破産についてご説明を頂きたいのと情報交換などさせて頂きたいのです。今回の件には、先方の決算書などを見ていろいろ疑問があり教えて頂きたいのですが。」
弁護士さんは特に知らない業界や、ややこしい事件での管財活動に不安を抱く先生は多いそうで、同業の弁護士さんに相談したりするそうです。その様な状況で場に慣れた上場最大手企業の専門担当者には信頼を寄せて頂くことが多く、他の先生からの紹介で私に問い合わせを頂く先生もいらっしゃいました(ただし債権者だった場合でも優先弁済を受けるなど特別に便宜を図ってもらったことはありません)。
丁寧にご連絡を差し上げたつもりだったのですが・・・
やめけん:「あなた、どういうつもりで私に連絡してきたの?Aとどんな関係?」
私 :「は?」
やめけん:「知っての通り、この件は警察も動いているからね。私もついこないだまで検事だったのでこの事件は徹底的にやるよ。」
私 :二度目の「は?」
やめけん:「あなたのほかに、いろんな連中が現場でうごめいていて、銀行やリース会社なども勝手に資産を売却したり引き上げたりしている。リース物件であろうが何であろうが破産物件を触るのは一切許さない。すべてに訴状を送り付け、言い分が正しくてもいったん買い取らせて破産財源にする。拒否する先は徹底的に裁判で争うよ。」
私 :「そうなると、債権者は皆二重払いになるし、引上げ物件が陳腐化するので賛成できない先も出ますよね?破産の進捗も遅くなりますよ。」
やめけん:「いろいろ詳しいようだけど余計なことを言っていると、あなたもあなたの会社も訴えるからね?とにかく上場であろうが銀行であろうが、この件は両成敗として徹底的に訴訟を起こすから。」
ガチャっと電話を切られました。
私は「いきなりなんなのよ」と憤り、とりつく島もなしというのはこのことか?と思うのでした。
一方的に人を悪者扱いにして、口を開けば訴えるなんてそれこそ乱暴じゃん。
現場では、債権債務の回転のおかしさに疑問を感じていたし、それに関与した業者がいるとの噂ももちきりで、確かに破産の整理貸借対照表をみると売掛金の残高が年商を大きく上回っていて、その存在を予想させるデータもありました。
(④ー2につづく)