倒産列伝010~ヤバい先生らのプチ列伝④-2

倒産列伝

 私は、こりもせず“勇気を振り絞って”またもやめけん先生に電話してしまいました。

 この会社の売掛金の回転期間の悪さが気になったからです。

私 :「先生、売掛金が1社に対して月商の20ヶ月を超えています。循環取引では?」

やめけん:「・・・まだそこまでは手を付けられない!! 部下の代理人に調査を任せている。」

     「順次、申立前後に資産を引揚げて売却した連中には、通知を送り付けている。」

     「たいていの債権者は皆、訴訟より買取を選んでいるが、一社だけ強情な先があって時間がかかっている。だが、必ず取り戻す。」

 私をはじめ、一般の人ならあんな言い方をされると「争わない方が良い」と判断します。

 でもなんと、以前006でも取り上げた“やんちゃ社長”は、数千万円の債権をめぐって真っ向から争っているとの事でした。

 本来、破産管財人は債権者側の味方となるはずです。

 でもこの先生は債権者も“悪”とみなしていました。

 しかも破産財源確保の優先順位としても債務者を締め上げる前に、情に絆されて倒産直前で出荷してしまった被害者ともいえる、人たちに向いていました。

 たしかに強引に引き揚げた場合、窃盗罪に問われる恐れはあるし、債権者は裁判所から「元に戻せ」と命令されれば従うでしょうし、そう言われる覚悟でとりあえず引き揚げるわけですけれども・・・。

 いきなり味方であるはずの管財人から、訴訟も辞さないてな通知を送られるとびっくりです。

 みんな、情にほだされて直前で出荷してしまったばっかりに悪党扱いされ後悔しています。

 当社も少額の債権を負いました。

 Aさんは、ある程度実績がついてきたところで保証金が厳しいという事で、営業側も実績を重視し数千万円までの裸与信(無担保)を設定することにしたのでした。

 もちろん私も稟議を承認しました。

 財務体質が悪いながらも真面目に決算書を提出して営業のトップにもマメに顔を出し悪いイメージを克服しようと一生懸命な姿に感銘を受けていたからです。

 

 信用不安が出てAさん逮捕の報の直前、当社にも商品の出荷を嘆願されたと営業より相談が来ました。

 しかし私は逆に職権で出荷の急ブレーキをかけさせ、それを認めませんでした、営業部長も周辺の同業他社から助けてあげないの?と言われたそうですが、私の意見に納得し取引停止の決断をしたのでした。

 最大手の当社が与信枠を凍結したといううわさが広まり、Aさんの会社は1週間ももたず破産となったわけです。当初は「当社のせいで」と言われそうでしたが、逆に当社が商品出荷を止めると1週間もたないというひとつの目安になった様で、市場は与信管理の重要さを認識してくれた様でした。

 

 緊急時の商品引き揚げのリスクは、まず社員である担当者個人に降りかかります。

 窃盗罪や監禁罪とかで警察に連れていかれるはめになりかねない危険な時代です。

 そうなると会社のリピテーションだけでなく社員の一生に影響しますから、引き揚げの優先順位はあとにして最も合理的な取引信用保険を付保し金額的な損失として会社に傷はつかない様にしていたのです。

 そのような状況からやめけん先生から難癖付けられることはなかったので、少額でも債権者としての権利を有しますから、そこは勇気を出していろいろ疑問をぶつけたわけです。

 余談ですが、他の債権者たちも強制引き揚げとはいっても先方現場責任者の立ち合いはしてもらっていました。その知識は十分にあるわけでしたが、やめけん先生には通用しませんでした。

 その担当者が直後にやめてしまったため横領と疑い、そっちに“熱”を投じた様でした。

 もう、悪と思える匂いがしたら猪突猛進です、正義のイノシシと例えたら失礼でしょうか・・・。

 でも、強気で猪突なやめけん先生でしたが、部下はカラッきしダメな人ばかりでした。

 管財人代理としての段取りも悪く、やめけんへの連絡も遅い、弱気で優柔不断な先生ばかりで、こりゃ先が思いやられるなと言う感じでした。たぶん親分先生が怖くて委縮し、意思の疎通がうまくいかなかったのではないでしょうか?

 いずれにせよ、今後仕事を頼みたくなる先生方じゃないなと思うのでした。

 債権者もみんなそう思ってたと思います。

 

 やがて、忘れるほど長~い年月が経ったころに「やんちゃ社長が裁判で負けた」という情報を銀行から聞きました。賠償額数千万円を潔く払ったそうですが二重被害も良いところ。

 やめけん先生は言うだけやるなとちょっと感心しましたが、時間かかりすぎ。

 その分は債権者の配当原資になります。

 形だけの代表だった方も、大きな土地と住宅を売却などで償いました。結構、高齢の方だったので気の毒ではありました。 Aさんは、たしか不起訴処分となり釈放されのちに、ちゃっかり設立してあった別会社の社員扱い(奥さんが代表)となり、中国企業を相手にする貿易会社で景気よく活動していました。

 やめけん先生は、やんちゃ社長を含め債権者を次々に打ち負かし、財源を確保し配当を実施しましたが、当社は少額だった事もあり雀の涙と言う感じでした。たぶん、税や社会保険、給与など優先債権も高額だったので、他の債権者も被害額に比べれば配当率1%に満たなかったと記憶します。

 

 結局、やめけん先生のモチベーションは何だったのでしょう?

 税金や社会保険を取戻したかったのか、悪党を懲らしめたかったのでしょうか。

 で、例の循環取引と疑われるやりとりの形跡はどうなったのかと思って、配当後の決算報告を見ましたところ・・・

「そのまんま放置されてるやーーーーん!!」

(おわり)

【与信管理実務者のあとがき】

 弁護士さんもやはり人間なので、いろんな方々がいても何らおかしくないと思います。

 青山や六本木などのエリート先生などは、常に清く完璧な人間性を持たなければいけないし、常に尊敬されていなければならないと思っている方もいて、私がフレンドリーに接すると「失礼な奴」と軽蔑の目を向ける方もいらっしゃいました。

 でも同じ人間なんだし、司法試験合格したからとて必ずしも人間性も資質も良いとは限らないですよね?

 その努力をして頂くのは良いと思いますが、酔っ払い運転で会社をクビになっても司法試験合格してから大先生になった人もいます。

 とある地方の管財人、債権者であったのに私の会社がいろいろ再生に協力してくれたお礼にと焼酎をぶら下げてフラッと来社された方もいらっしゃいました。大先生なのに素朴でいい人でした。

 リスクを承知で、倒産申立について先んじて情報をくれた先生もいました。

 弁護士と言う特殊な人たち、そういうたくさんの面白い人達(素晴らしい人からとんでもない人まで)に出会えて良い半生だったなぁと思っています。

 この後も、面白先生について思い出したら記そうと思います。

 最近、企業内にはサラリーマンながら司法試験に合格したという若い人を見かけます(いわゆるノキ弁)。出自も良くプライドも高い、でも経験がないので言う事は杓子定規、サラリーマンだから自分で責任を負う事は無く「あるべき姿」ばかりを求めた議論ばかり、ジャッジを求めると逃げる。

 自分で汗をかいて経験を積まないと「カッコだけではやっていけないよ」と言いたくなりますが、言いません。

 (おわり)