倒産列伝011~会社の破滅を招く暗黒物質③

倒産列伝

 このスリリングな感覚は貴重で、度胸を培うにいい機会かと考えました。

 相手が一世一代の賭けに出るというのに自分は安全な場所で高みの見物では、将来どの債務者の方々も心を開いてくれることはないでしょうし、この仕事に長年凝り固まってきて自身のキャリアに倦んできたところで、そういう場に対峙してこそ与信管理実務者として更なる自分の成長が期待できるかと考え最後まで付き合おうという展開になったのです。

 そんなわけで、やる気が出てきましたので彼らが帰った後、早速下調べに掛かりました。

 この会社の傾向ですが、“先行投資型”の経営で繁栄してきた会社でした。必ず先に負債比率、借入依存度が異常に膨らみ、最悪は債務超過になって事業の成功とともに資産超過になっていく、そうなるまで死に物狂いで頑張るのでしょう。

 

 これはまさに日本の高度成長期を支えた中小企業の典型ではなかったでしょうか。

 先に大ぼらを吹き、銀行などにまくしたて、言ったことは120%実行し成功させる、と言った精神論で人々の心をつかみ、債権者側も「まあ、それだけ吹くならやってみなはれ。」ってな感じで。

 そういう債務者を暖かく見守り、何かあれば助け舟を出す債権者の存在があってこそ、できた事だと思います。 

 現代ではどうでしょう。

 

 果たして私達の前で大ぼらを吹いた若社長は、父親(先代)と同じやり方で成功を掴むでしょうか?

 しばらくすると、彼がマスコミなど露出するようになりました。

 「〇〇銀行が社債を引受け10億円」

 「〇〇ファンドより20億円調達」

 「優良企業向け特別ファンドに選ばれ15億円調達」

 などなど・・・・。

 あっという間に、100億円近くが集まる状態になりました。

 これは本人も予想外だったことでしょう。そして舞い上がちゃった事でしょう。

 投資・融資のほとんどは外資系金融業の方々でした。

 実質は借金ですが、現金を持つとめっぽう心強いものです。いろいろな連中が近寄ってきますし、何でもできる様な気がするでしょう。

 そこで彼らが最初にやった事、それがこの超一流高層テナントタワーへの本社移転でありました。

 しかも驚くことにワンフロア貸切で、共同ではない専用の受付カウンターが設置され、エレベーターも一流外資系銀行と共同で使う様になっていました。

 きっと、いろんな思いがけない出会いがある事でしょう。

 夢いっぱいに膨らんだ自分の野望が、あっさりと適えられた感じになったことでしょう。

 

 初めは当社の営業も、「嫌いだ」とか「成功しないよ」だとか言ってましたが、相手が想像以上にお金を持つと手のひら返し、営業部長が「ここはすぐ新居移転のご挨拶に」だとか「与信管理のせいで出足が遅れた」とか言って、あたかも最初から応援していたかの勢いでお祝いのお花を贈り、「ご挨拶」にいく事になったのでした。調子いいのが営業の仕事でもありますし、結局難しい話も出るでしょうから結局、私も同行を求められたので、着いていくことになったのでした。

 「すごいなぁ」

 カウンターが他のテナントとは別のところにある。

 入居するだけですごい事なのに・・・。

 そして、きれいな受付の女性達が立ち上がり挨拶してくれる。

 隣のカウンターは、世界で有名な投資銀行の受付だが、負けていない。

 借金だとわかっていても、ため息が出るのでした。

 「やったもん勝ちだなぁ。」

 エレベーターに乗り込むと、カゴが上がっているのか、横に移動しているのか分からない動きを示しながら数十階に着いて扉が開くと、広い事務所フロアが広がって、たくさんのおしゃれなデザインの事務机が並んでいました。

 まだ、人はいません。

 「これまたすごいなぁ。」

 地方の一都市からこちらに出てきていきなりこれだと、周辺も「何者だ」と、そりゃ注目浴びるよね。

 などと営業の面々と話しながら応接室に通されました。

 「すみませんね。」

 まず出てきたのは例の若社長。

 

 前面に「どや顔」があふれていました。

 濃紺のスーツ、襟止めのボタンが盾に3つくらいあるステッチの入ったハイカラーなワイシャツ。

 細いパンツに、とがった革靴。

 もともと御曹司ですからファッションは一流でしたが、ここに立つとなおさらでした。

若社長:「御社出遅れましたねぇ。続々と提携の話が入ってきてます。挨拶も御社は8番目くらいかな。」「でも先代からお世話になっているので、もちろんないがしろにはしませんよ。これからもよろしくお願いします。でも動きが遅いよね。保守的なのは良いですが時機を逃しますよ。」

営業部長:「そうですよねー。当社は勉強が足りませんよ。」

若社長:「まだ引っ越しの荷ほどきも済んでいないので、この場で失礼させてください。」

 私に一瞥の目線をチラッと向け「代わりにこの者がお相手します。」と紹介され出てきた紳士。

 冒頭で触れた「彼」が初めて登場したのでした。

 (④へ続く)