倒産列伝011~会社の破滅を招く暗黒物質⑧

倒産列伝

 「経営指標で損益については優秀だと評されている御社ですが、経常収支比率を計算してみると通期で90%を下回っています。この一年、どこかで資金繰に困っていませんでしたか?」

 外資系の一流金融業者が集うテナントビルの一階、ガラスでできた窓を水が流れ落ちるレストランのテラス席で、私が開口一番に発した言葉でした。

 彼の目が、くるくると小刻みに揺れまわります。

 彼らは10億円の与信枠を突破しそうになるほど頑張りました。

 それだけ相当な設備投資を行い、必要経費を事業につぎ込んだのでした。

 若社長の意地もあったでしょうが、周辺は「有言実行」との評価も得ておりました。

 当社の営業部門も、このまま成長軌道に乗ると会社に報告していました。

 それでは、結果(実績)のほどはどうだったのでしょう。

 貸借対照表と損益計算書を見ながら算出する経常収支比率は、1年間の収入と支出の比率を表し、まあ平均して資金繰がどうであったかを見るものだったかと記憶しています。

 それが一見、収益上は黒字なのに90%を下回る結果が出るとなると、過去一年間のうちに資金繰が相当苦しくなった瞬間があることを推測させるので、聞いてみた次第でした。

 当然、上げ足を取り与信枠を減額するための難癖をつけているわけではなく「苦しい」と打ち明けてもらえたら、おこがましくも「救済・支援」に舵を切るつもりでいたのでした・・・が・・・。

室 長:「資金繰に困った事は一度もありませんよ。おかしなことを言いますね。」と一蹴。「でもあなたがあの時言われたことは当たっていました。このビルに入居しても優秀な人材は集まらないという事を。」「なので、身の程を知った形でオフィスを縮小し質実剛健な体制に変革を行います。」

 もう変革?と思いましたが、多額の費用がかかるこの本社で資金繰がうまくいかなければ、朝令暮改ではありませんが、すぐに改善の手を打つのはおかしくありません。

 むしろ勇気ある行動と称えるべきでしょう。

 ワンフロア独占から、階も下がっておよそ四分の一に縮小し、専用カウンターも廃止しました。

私  :「若社長は反対されませんでした?」

室 長:「そこは私も曲げませんでした。極端な話、質が伴えばこのビルに居なくても上場はできると訴えました。この通り、私はいつでもこの会社を辞める覚悟で彼に諫言したのです。」

 背広の内ポケットから、「辞表」を取り出し私に見せてくれたのです。

 「成功し会社を上場をさせて、若社長を男にする。」気迫のこもったその姿に心打たれた瞬間でありました。

私  :「で、若社長も納得してくれたんですね?よかったです。」

室 長:「でも、自分の住居と社長室の縮小はあきらめてくれませんでした。」「この超一流の人脈の作れる場所に住み、仕事場としてのステイタスは失いたくないとのことで・・・。」

 若社長は、このビルの住居階に住んでいましたが、どうやらそこと、仕事場はあきらめられなかったようです。

 という事は、縮小したオフィスの大半は社長室?

 室長さんもサラリーマンなので仕方ないですが、自分のさっきの感動が急激に冷め不安に変わっていくのを感じたのでした。

(⑨へつづく)