金庫番を見送った後、私は取引先の支援に関われることでこの仕事に大きな誇りを感じていました。
しかしながら、その余韻に浸る間もなくそれは自分の自己満足にすぎず、他人には大いに差し出がましいと激しく憎まれる事態に陥ったのでした。
数日たって、営業から
「先方の会長と社長がカンカンに怒っていますっ。」
「説明と謝罪を求められているので、同行して頂けませんか?」
営業は依頼の形をとっていますが、あきらかに同行と言うより私が主役であることは明白でした。
私も「あの件だな」と予想はついたのですが、覚悟を決めて話したことだったので狼狽える事などは微塵もありませんでした。
当社側は、営業部門の執行役員、部長、課長、関連部門の役職者で総平謝りの陣形で、私は「犯人」として差出される舞台演出が整っておりました。
営業側幹部は「あなたのいう事が最善でごもっとも」と言うのですが、その実は内容の理解を求める事よりも、その場のおさめどころの模索、とりあえず相手側の怒りを鎮める事に必死の感じでありました。
仕方ないかな、とは思いましたが…骨のない営業スタイルに情けなさも感じました。
先方の事務所に着くと、応接ではなく社長室に直接通されました。
社長室を見渡すと、トレーニング機器や電子ドラムなど今どきの経営者のプライベートと仕事を楽しんでいるレイアウトで、デザイン性が高く直線美のある部屋でありました。
黒と銀のメタル調の机に若社長が座っていて、その前には同じ様なデザインの会議用高級テーブルがあり、そこに怒りの表情を浮かべた会長さんがドカっと上座に座り、待っていたのでした。
我々が、通されて部屋に入り着席すると左端に室長さんの姿がありました。
室長さんは私がヒアリングに伺うためにアポイントを取るといつも
「あなたが来るときは、役員会を開いて対策を練るんですよ。」
とおびえた表情で言われていたのですが、今回は「ついにこいつを引っ張り出したぞ」という強気の表情で私をにらんでおりました。
「あれ?この人は敵だったのかな?」
若社長がゆっくりと我々の座っている席に対峙するかたちで真ん中に座りました。
若社長:「やはりあなたでしたか、実に横柄な与信管理者がいると思っていましたが。」
前段の雑談など無く、いきなりストレートに語気を荒げ威圧する言葉を投げてきました。
若社長:「うちの金庫番に“保証金”を差し出せと言ったんですって?」
私:「はい、そうする事で御社を守ることができるとお伝えしました。」
若社長:「アンタごときに、御社ごときに、助けてもらうほどウチは落ちぶれていないけどね。」
会長さん:「あまりにも失礼な要求だ。」
私:「そうですか・・・金庫番さんが当社を訪れ助けを求めてこられたので、それに答えた次第ですが・・・。」
若社長:「あいつは解任したよ。春の役員人事でグループのどの会社の役員も更迭とした。」
激しく吐き捨てる口調で若社長は言い放ったのでした。
そう、桜満開の時期に来社し保証金差入れで支援をする約束をして見送ったあのときが、私の見た彼の姿の最後で、二度と私の前に現れる事も連絡してくるも無くなったのでした。
(⑫へつづく)