倒産列伝011~会社の破滅を招く暗黒物質⑯

倒産列伝

「あんなことがあったのに、いまごろ私に何の用があるんだろう?」

 と営業担当には話しましたが、内容の予想はついていました。

 会長さんと御曹司(若社長)に散々なじられた時、要は私は室長さんに売られたわけです。

 破滅していく会社にいる人々は、みなさん弱い面が多く出てくるものです。

 自我を保ち、強くあれる人なんてめったに居ないと思います。

 それぞれ守るものがありますから、誰かを嵌めてでも生き残ろうとする心が芽生えてくるのは当然だと思います。

 

 苦し紛れの嘘をついたり、誰かのせいにしたり、誰かを嵌めて自分が生き残るために追い出したり。

 表ではかっこいい事や素晴らしい事を言っていても、自分が生き残るために。

 家族が最優先なのはもちろんですが、優先する(対応を重んじる)べき人の順位となると会社が破滅へ向かっていることが分かってくると、いろいろ複雑になってきます。

 怖い人、うるさい人、しつこい人などの優先順位が上がってくる感じで、都合の良い人、気は合うけど失っても良い人、将来役に立つかもしれない人などの優先順位は下がります。

 もちろん最下位は、役に立たない嫌いな人になるでしょうが、本当の最下位は良い人だと思います。

 自分で言うのは何なのですが、私はそれに該当するのかと思っています。

「みんな弱い人たちなんだ」そう思う事で、許してきました。

「人はみんな弱い」その考えで、債務者(支払えない人々)を、同じレベル(野におりて)責めない、虐めない、懲らしめないという哲学?で向き合ってきました。

 死ぬわけではないのだから・・・でも、戦争や災害の様に生き死にに関わる事ではないにせよ生活に関わる事ですし、惨めな思いをしたくない、特にプライドの高い人にとっては一大事であります。

 最初から開き直る方々もいますが、そういう方々は場数をこなしていて救われ方を知っているパターンが多いです。

 だいたいの人々が修羅場を知らず、あわてふためき、もがいてもがいてしまうと思います。

 室長さんは、金庫番を嵌めて御曹司(若社長)の気持ちの奪い合いに勝利しました。

 そしてさらに自分の生き残るために私を嵌めたのかもしれません。

 すばらしい頭脳の持ち主ですから、そのくらいの知恵はいくらでも出てくるでしょう。

 本当は、この会社の素晴らしい未来のためにその頭脳を使いたかったはずです。

 ひょっとすると、覚悟を決めて堂々とあの親子にモノを言えればよかったかもしれません。

 「常に辞表を懐に入れて」というのは私に対するゼスチャーだったとは思いません。

 それでも彼のやった事は、あの親子のご機嫌を取るために露払いを行うことと、地獄へ通じる道を舗装したことでした。

 もっと私もフォローして彼の成功を支援できればよかったのですが、金庫番の方が潔く個人的に好きだったし、あの二人が二人三脚で御曹司(若社長)を盛り立ててくれるのがベストと思っていたのですが。

 小さい過ちやボタンのかけ違いが、少しずつ暗黒物質を生んでいくのでしょうか。

 そんな彼にいろんな思いはありました。でももう用は無いので忘れようとしていましたが、突然、当社の営業マンから「同行して欲しい」と連れ出され某ホテルに行きますと、ロビーのソファーに一人で座っておられる室長さんがいて、こちらに目をやるや立ち上がってお辞儀をしてくれました。

 お昼から夕方にかけての時間でした、こげ茶の大正時代風の装飾が施されたロビーは賑わうまでもなく閑散とするまでもなく、ちょうどいい塩梅の割合で、チェックインを待つ老齢のご夫婦や私と同じようなサラリーマンたちがコーヒーを飲みながら雑談をしていました。

 担当営業マンの上司が当たり障りなく、市場や当社の近況などの話題をしばらく話したところで

 室長:「それでは、席を移し二人だけでお話ができませんでしょうか?」

 季節はちょうど春から夏にかけての梅雨の時期でロビーの窓から見えるアジサイの花たちがとてもきれいでした。

(⑰へつづく)