場所を移したところで、我々のところにフロア支配人らしき人が来て、部下のウェイター達にパーテーションをもってきて他と仕切る様に命じました。
当社の営業の連中は、排除されまいと私にぴったりとくっついて着いてきました。
室長:「申し訳ないですが、営業の方々は外して頂けませんでしょうか?」
私:「営業担当だけ残しましょう。彼はまだ知識が無いので、これから私と室長さんが話すことは理解できないですから、そして彼には臨時の私の部下になってもらって、これからいろいろ動いてもらわなければいけないと思いますので。」
会社で万が一、貸倒(不良債権)が出ても責任を問われたくない上司の連中には先方の意思で排除されてしまったという体をつくって、でも「部下は残した」としてメンツを立てて、居てもらわない方が良いでしょう。この担当者だけはどのみち逃げられないし、何よりも若くて頭も良い、真摯に学ぼうとする姿勢も普段から見えていました。これは絶対今後の将来に有益な経験になるはずですから、ここに居る様に指示をした次第でもありました。
少し話がそれますが、自分の部下はどうした?とお考えになる方もいらっしゃるかもしれません。
私にも少数精鋭の部下はいました。その中で一番関わってほしかった部下は信用調査会社から転じてきた者だったのですが、今回のこの会社とのやり取りに対し、そしてこの会社がこれから倒産するかもしれない事に懐疑的であったうえ、その前提で準備を進めグループ内で理解を求めて歩く私のやり方にも懐疑的な態度を示していたので、私としては「センスが無い」と見切ってしまいました。なのでこの場に同行させるのは止めたのでした。
部下の彼には今後、残念な異動の話をするつもりでしたし、以降はこの類の対外交渉などはセンスがあって実務経験を惜しまない営業の人間に教えていく事に切り替え、直属の部下は倒産回収の法的手続や優れたシステム構築に強い人間を育成するに留める考えにしたのでした。
これからやってくる無機質なデータ中心の世界にはサイエンティスト的な人材がいれば十分だと考えますし、独自判断でパターン化できない有事対応における適切な判断力や交渉力については取引先の痛みも理解できる一流の営業マンに任せる様にして、彼らがこの様な場数をこなすことで育ってくれる期待が持てたからでした。
では話を戻します。
営業担当の彼の上司らも私が彼だけ残したことに内心ほっとして納得した表情になり、離れた席でにこやかにコーヒーを啜りながら雑談をはじめていました。
その様子を横目で見ながら、セッティングされたパーテーションの仕切りの中に入りました。
中は、外のガヤガヤが閉ざされ声が通りやすくなり、私の声がいくらか強めに響きました。
私:「それで・・・今更、私が何のお役に立てるのでしょうか?」
室長さんの現在置かれた立場を理解し、弱い心の持ち主でもあるという事で「売られても」許す心は持っていましたが、私の“痛み”も知ってもらいたいですから、あえて意地悪に切り出しました。
傍らでは営業担当が、メモ帳を握りしめ緊張した御面持ちで座っていました。
私の正面に座った室長さんはドギマギし、目をくるくるさせ声を詰まらせながら
室長:「あの・・・その・・・以前、あなたが言われていた最後の助かる方法を選択しますよ。」
私:「御曹司に言われてきたのですか?」
室長:「彼は、あなたにだけは絶対に言うなと言っていましたが、そして代理人弁護士からも止められていたのですが、あなた一人がこのやり方を示唆してくれていましたので、御社がこれを聞いて混乱し債権者平等の原則に反して無理な要求をしてくる様な会社ではないと説明してここに参りました。」
私:「さすが、法学部ご出身でもある。理解してくださって光栄です。ところで今でも辞表は懐に?」
室長:「はい、持っています。」
あの親子に対する最後の抵抗、いや実は唯一の、なのかも知れません。
私の前では、「上場を果たせば、あの親子の持ち株比率を下げて放漫経営をやめさせるための監視を強化したい」などと言われていたのですが、今では夢となりました。
もっとこの人に勇気があったなら、知識はあっても勇気が足りなかった、残念ですが今更思っても仕方ありませんでした・・・。
結局、理想だと期待した「御曹司」、「室長」、「金庫番」の3人タッグで上場し日本で一番家賃の高いビルで世界の一流企業と肩を並べるまで成長する事は、彼らの心や社内に漂う暗黒物質のせいで全く適わないものとなってしまいました。
それどころか、この会社は彼ら自身の手で(実質にはとっくにそうなっておりましたが)、ついに社会的に破綻した事を発信する事になってしまったのでした。
あとは会社が無くなる(破産してしまう)という破滅を防ぐ事、社員の雇用を守る事に専念し、代理人弁護士に繋ぐのが彼の仕事です。
(⑱へつづく)