その怪文書は、あの親子の近くに日々仕えてきた人物によるもの、との事でした。
倒産(法的整理申立)後、父親(会長)のほうは債権者の面前に一度も顔を出していませんでしたので、しばらくご無沙汰だったのですが、たぶん裏で何か企んで動く様な人物である事は最初から想像でき、この様な文書が出てくるのも不思議ではありませんでした。
とは言っても多くの倒産を見てきた中で、こういうものが出回るパターンは少なく、まるでテレビで見る様なエンタメチックな展開です。
内容は、この親子に恨みがあるというより、「社会にこの様な人物がのさばっていいものか」というものでありましたが、長い間我慢してあの親子に従って来たのに、この様な結末(倒産)となり悪事を審らかにすることで、今後の食いブチを模索している様に伺えました。
特に、あの父親(会長さん)の事について詳しく書いてありました。
・放漫で傲慢な経営者だ。
・多額の隠し財産を、愛人の子の名義で地元に設立した会社に移そうとしている。
・愛人のために建築した豪邸があり、高級外車、高級家具に囲まれ、そこに隠れている。
・保険の不正請求(自宅の偽装修繕や偽装傷病など)。
息子(若社長、御曹司)についても
・未だ何も反省せず、高級スポーツカーを乗り回し派手好き道楽三昧である。
この怪文書の主はこれまで、この親子に従い散々悪事の手伝いをしきたけれども、倒産後解雇されたことで、こびへつらう必要が無くなり、タイミングを見て“ぶちまけた”のでしょう。
まさに、カネの切れ目は縁の切れ目、「さて次を模索」・・・でしょうか。
想像ですが、この人もあの親子を利用してそれなりの報酬を得ていたはずです。
身近に居たという事は、あの親子にとっても使い勝手が良く、或いは逆に彼らの弱みを掴んで持ちつ持たれつの関係を保っていたのだと思います。
いずれにせよ、あの親子にたかって、こぼれてくる甘い汁を吸っていた人物かと思います。
なんらか、やましいことがあり警察や反社会的勢力に狙われる恐れが出て、自分への矛先を変えるために発信したとすれば、実に浅はかです。
この人物も、あの親子や経営陣が、会社の問題が小さい時に積むべきチャンスを邪魔し、都合よく“暗黒物質”を生み出した類の一人である事は想像できました。
どうみても法律や会計には素人と伺える内容なので、おそらく室長さんや金庫番ではないと思われました。
民事再生と言う倒産法(法的整理)は、「申立代理人」の弁護士つまりあの白髪の紳士が「債務者代理人」となり、最後まで面倒を見るというものです。破産や会社更生とは違い「管財人」という立場で、債権者のために申立人の資産を徹底的に調べ上げ、弁済や配当に力を注いでくれるというのはあまり期待できません。
ただし、この法律(民事再生法)は裁判所からお目付け役として派遣される「監督委員」という立場の(弁護士など士業の資格を持った)人がいるので、この怪文書にこの人が反応し、裁判所が判断すれば「管財人」を設置する事は可能なはずです。
でも管財人型の民事再生に持っていくには、よほど悪質な資産隠しなどが明らかだということを立証しないといけなさそうなので、この怪文書だけでは中身が稚拙で、なんとも可能性は低い様に思えました。
私も個人的には・・・管財人型になって欲しいかなと思うのですが、あの代理人は「それでもあの親子を再生させたい」と頑張る先生っぽそうですし、債権の少なくなった当方は初めから申立時点で大口債権者では無くなっているので、公式に意見を求められる事もないですし、静観し司法の正義を見極めた判断に委ねるしかないのかな?と思うのでした。
一方、私の所属する会社の社内では、あの親子の去就に興味が集まり、経営のトップにまで話が持ちきりになる事があり、現状を知りたいとしてトップに呼ばれることもありましたが、私自身は既に、与信管理実務者として不良債権を最小限に抑え込み会社を守りましたので、この事件の事務的な後始末は部下に任せ、興味は日に日に薄れておりました。
余談ですが、中盤に取り上げました私の期待していた部下(この時は元部下になっていました)も周辺には「前々からあの会社は倒産すると思っていた」などと吹いて回っていて、それが私の耳に入った時は、なんとも情けなくなりました。
私の仕事の進め方に懐疑的であったのに、自分の意見は言わず「従いたくない」態度を見せ、私を見下す様な陰口を叩いていながら、事務的な指示には黙って従っていて、都合の悪い事はすべてはあの人の判断ということにし、都合がよくなると自分を引立てる様に振る舞う。
この様に自分の都合によって全体を見ずに、無意識でもこの様な振る舞いや発言をする者がでてくると、どうしても目標に達するにはいろいろ時間がかかる様になる。
そんな人々の意識が場合によって暗黒物質を醸成し、それぞれの都合に応じて物事の進捗を推したり抵抗する存在となる、そしてこれらがいわゆる進捗や結果の“揺らぎ”を生むんだろうなと、しみじみ思うのでした。
人間の世界ならどこにでも「暗黒物質」を作り出す者はいるということなのでしょう。
そして、あの親子は特に「暗黒物質」を吐き出す存在で、代わりに人の善意を吸い尽くすブラックホールであったのかもしれません。
私の接した室長も金庫番も善意ある人間で、仕事に対しても誠実に向かい人生も賭けたのに、思いを遂げられず表舞台を去っていきました。
この二人にミスがあるとすれば、雇い主の本質を見極められなかったという事でしょうか・・・。
(⑳最終回につづく)