その後、粛々と民事再生手続は進みました。
債権者への中間報告では無事にスポンサー候補も見つかり、健全事業はスポンサーの設立した新設企業に分割譲渡され従業員の大半の雇用は守られる筋書きが作れる見通しとなりました。
しかし、あの親子は気に入らなかった様です。
というよりは、あの傲慢な親子は誠実な先生のやり方に不満があったのでしょう。
結局は、自らの事しか考えていないのでしょうし。
自分たちの言う通りにならず、都合よくコントロールできなかったのが気に入らなかったのです。
あの先生への悪口をお土産にいろんなところに顔を出し、「解任したい」と触れて回り始めました。
そして自分たちのうまみをアピールし、乗っかってくる者を探し始めたのです。
私は思いました。「あぁ、こういうやり方なのか・・・。」
このやり方だと、確かに怪文書の主(ぬし)の様な人物が寄ってくるのだろうな・・・。
私は、この頃にはもう別の、とある取引先の資金繰支援の仕事に取組んでおりましたが、私がその件で関わっていた弁護士の事務所にも、あの親子からアポイントが入った様でした。
「自分たちの破産を食い止めてくれたら5000万円の報酬を用意する」とアピールしたとの事で、私に「彼らは何者?」との問い合わせが入ったのです。
あの親子の思惑を邪魔すればホワイトな「暗黒物質」になれる様な気がしたので、これまでの経緯と彼らの性格を話したところ、その先生も「やっぱり」と言う感じで、即答でお断りの連絡を入れると同時に弁護士仲間にもこの様な人物の肩入れはよろしくないと手を回したのでした。
まさに最強のホワイト「暗黒物質」でした。
あの親子は、それ以降どこの弁護士事務所の門を叩いても断られる様になり、会社の連帯保証人として責任を免れず、破産するしかなくなりました。
報酬としてアピールしていた5000万円もどこから出てきたのか?と隠し財産の疑いをかけられ、調査され最終的には、出てきたものほとんどが彼らを破産させての配当原資にされたのでした。
当社のオーナーよりも大きい豪邸をはじめとする所有不動産も、車も、配当の原資に代わっていきました。
あの正義感のある債務者代理人の白髪の紳士も、この二人の支援はしなかったのでしょう。
そりゃ、さすがにしないですよね。
そして民事再生法の債権者集会、いわゆるジャッジメントの日が到来し会社のほうは賛成多数で再生案が可決しました。もともと取引先であった別の地方にある異業種の企業グループが、あの会社を買い取り、事業を引受けるという内容で決着した様でした。
そして当社の営業は、粛々とあの会社の新しいオーナーとの接触を開始し新規口座の開設の作業に入っていきました。聞けば、新しいオーナーさんはあの親子と面識があり、私と同じ様な印象を持っていたとの事でした。
とは言え、人情に厚い方でもあったので、裏であの親子の生活資金を出してあげているとの噂もありました。
自分のしたことでもないのに、新オーナーとなった事で、あの親子のやらかしたこれまでの非礼や、不良債権を負わせ迷惑を賭けたのに、再生計画に賛成票を投じてくれた債権者に平身低頭で一社一社謝罪と感謝の挨拶に出向く姿は、素晴らしい姿でした。
当社にも、迷惑をかけたということでしばらくは与信取引(ここではいわゆる無担保の掛取引)は行わなくても結構で、まずは商品供給を受けるのが第一と、すべて前金か保証金を積んでの掛取引としてくれたのでした。
私も、「そこまでしなくても結構ですよ」と言いたかったのですが、絶妙にグループ会社を細かく分け、自己資金や金融機関からの融資の裏付根拠を見えなくしている姿勢は信用を測りづらく、根詰めて観察すると実際には借入依存度の高さが伺え、表の顔と裏の顔の違いを想像させ、最終的には「新オーナーの表の“太っ腹”なキャラ演出の思惑に乗っておこう」と考えたのでした。
その見透かしたような私の表情を見ぬいてか、新オーナーさんは私に会うといつも左目下瞼が痙攣しているのでした。
目をくるくると動かしていた、あの室長さんの様に。
そのたびに、あいかわらず経営者にとって嫌な存在になっている自分がいると思うのでした。
まあ、それでも順調に取引は厚みを増し、営業系役員などは新オーナーと楽しく会食する様になり、業界のパーティーや会合にも積極的に顔を出し、彼が努力家であることを業界内にも認めてもらえる様になりました。
この人物の資金の出どころについて不明な点を懸念しているのは私だけでした。
最後に、そんなこんなであの親子は、もう二度と表舞台で姿を見る事は無くなりました。
少なくとも私の前には現れませんでした。
それより室長さんや金庫番たちも、どこでどうしているのやら・・・。
無事新しい安定した人生を歩んでおられることを願っております。
メディアなどでは、輝かしいキャリアを歩んでいる人たちの話を目にします。
室長さんも金庫番もこうなる前は、同様の存在でした。
人生にとって貴重な十年以上の歳月を、無駄とは言わないまでもあの親子に吸い取られた事に対し、どの様に振り返っておられるのか、聞いてみたいです。
聞ければですが・・・。
そして同時に、いつか未来において暗黒物質が解明され、無くなるときが来ることを願うのでした。
【与信管理実務者のあとがき(独り言)】
担保を徴求するにあたって、今回私は金庫番からの救済要請に応じて先方に要求したつもりでした。
温情のつもりで。
しかし、先方の暗黒物質が妨害して、伝達に齟齬が出て「横柄な与信管理者」に仕立てられ、自分の社内でも重要なお得意様のご機嫌を損ねる不届き者の印象を持たれてしまいました。
この様に、与信管理実務者は、良かれと思ってやった事が全く予想せぬ方向にぶれて窮地に立たされる場面は少なくありません。
しょせんサラリーマンと割り切っている人は、この「割に合わない」事象を避けるため、財務諸表の徴求を止めるか、いいも悪いも関係なく制度として財務諸表と担保をセットで徴求するという無感情な習わしにして、スマートに保全を図るやり方を続けたりします。
それが今度は、「取引先の成長を詐害している」「思考が停止している」と批判され、ならばAIで機械的に判定させようという方向になっている様に思います。
AIに、長い歴史の中で行われてきた人と人とのやり取りを深く学ばせれば、おそらく正しい判断が出てくるのかもしれませんが、そういう域に達していると言われるAIが出てきたとは、未だ聞きませんし相手が人として存在する以上は、人が交渉しなければいけないので、正しく紋切りな判定が出ても相手に拒否されればなにも実行できない、力関係が不利だったり、営業の交渉能力が低かったり、売上が欲しくて債権を持つこと(与信取引≒無担保の掛取引を手段とした)が仕方なく優先される事になれば、結局、思考停止な状況が出てくるかと思います。
財務諸表を徴求してなにを判断するのか?担保の供与を要請しその債務者を助けるのか、わが身を保全するのか、いろんなパターンがあると思うのですが、いずれにせよ与信管理実務者が相手の痛みを知りつつ取組んで、一方で経営(経営者)は与信管理実務者の痛みを理解し、社内で孤立させずに動ける環境を構築していくべきだと思います。
百戦錬磨のオーナーならわかってくれるパターンは多いのですが、修羅場経験の少ないサラリーマン社長だったりすると、わかってもらう努力が必要になり人によってはタチ悪いです。
(⑳おわり)