社長とS氏の会話を聞いていると、わからない用語や人名が多く出てきて、それの注釈を私がお願いするたびに「そんなことも知らないの?」とS氏に突っ込まれるのでした。
彼らから見て、「あれほどヒットした作品なのに・・・」と言いたいのかもしれませんが。
ということで初回の面談は、部下のやった事の尻ぬぐいをするために有利に立ちたいS氏と、過去の貸し借りまで持ち出し、中小下請けと言う弱い立場を武器にして会社を守りたい社長との立ち合い、どちらも譲らずに平行線で終わりました。
相手の社長は必至です、表面上はへりくだりますが内心譲るはずはありません、サラリーマンと違い背負っているものが違います。
私は、どちらの立場も分かるので「なにかおさめる方法はないか」と落としどころを考えるのでしたが、この作品の事をぜんぜん知らないため、そのことに取組むのにどれほどの価値があるのか、勉強する必要がありました。
まずは毎日、寝る前10分程を使って動画サイトにアップされているこの作品の情報を探しました。
特に主題歌をとりあげた動画が多く、シリーズのオープニングやエンディング、挿入歌など数多くあり、何も知らなかった私も、この歌や動画の絵柄は「見たことがある」もので、一度耳にすると「チャチャチャっ」で春の花と華やかな世界を想像するリズミカルな節は、いつまでも耳に残るものばかりでありました。
過去の舞台演劇の動画も見ましたが、どれも派手で華やかで、大衆演芸としては申し分ない盛り上がり様であったのがわかりました。ファンは若い女の子たちが多く、女性たちが主人公として立ち回る内容なので、ある意味「硬派」な世界とも言えました。
いわゆる「ヅカ系」に近いと言っていいのでしょうか・・・。
さて、演劇の世界ではこの会社は定評があり、この派手な世界を支えてきたのは誰なのか分かりました。
次にいつもの様に、この会社の事を調査するよう部下に頼んでおいたので、その結果を読込むと「なるほど」と思いました。
そう、この会社は舞台デザインから、大道具、衣装、照明から果てはキャスティングまでこなす舞台商売の総合スペシャリスト下請企業だったのです。
したがって仕事を依頼してくる大手は当社ばかりではありませんでした。
ただ悲しいかな中小の弱みもあるのか、人のいい社長の手腕は大手の言いなりになるところ多く、見えない細かい損失が嵩み泣き寝入りをしてきた、との事でした。
そんな営業スタイルでは健全な決算書など作成できるはずありません。
仕事の出来る少数精鋭の部下たちも不満を抱いているに違いありません。
2回目の訪問で、S氏の一の部下である課長F氏に同行するかたちで伺いました。
私は社長から、同社の立ち上げから現在に至るまでの苦労話を聞いてから、今までやってこられてきた仕事の価値を理解したこと等お伝えし、雰囲気が軟化してきたころ合いに立替金返済のプランを一緒に考える方向に仕立てていきました。
今回の件は、あきらかに当社側のヘマでした。
こういう仕事は「前金が普通だから与信管理は必要ない」を、幹部の人達は口をそろえて謳うのですが、思わぬ落とし穴があったわけです。
調子に乗って自分の立場を勘違いした者が、独断のええカッコしで大金を立替えとして渡してしまった。そしてすぐ帰ってこないとなると、こういうのに限って「騙された!!」と騒ぐのです。
事前に立替えるという事が、売掛と同様の債権リスクを生み出す勘も働かなかったのです。
しょせんサラリーマン、自分のお金ではないですから。
とはいえ「会計に疎いから」では許されません。
販売専門の営業マンは、会計を知らなくても債権リスクを鼻と勘で嗅ぎ分け与信が必要なことを察知します。
時間がなく即決即断が必要な素人営業に限り、こういう魔物が入り込んでしまうのです。
第一、前金だからって与信が必要ないという理屈はありません。
お金を見せてくれればいいであったら、当社の大事な創造物が、譲渡された先で犯罪に使われたり、イメージを大きく落とす様な起用をしたらリピテーションリスクにつながり、長い目で大きな損失になります。つまり、前金をちらつかせてきても、その相手の質も必ず見なければならないのです。
私はこの事例で、それを証明したかった思いもありました。
同時に、仕事ができるにも拘らずお金がない中小企業の、その痛みを知ることが大事であり、大手は彼らを守り育成しなければならない事も、心無いサラリーマンたちに「分かってもらわないと」、と考えるのでした。
(⑥へつづく)