倒産列伝012~華やかな世界、支えているのは⑧

倒産列伝

 「昔はいい男だったんだろうな」

 ホリ深く端正、でもしわの多くなってしまった初老の真面目なお顔は、これまで傲慢な大手企業の無理な要求に、さんざん耐えてきたお顔なんだと思えました。

 私どもの要求にも「わかった、その方向で考えます。」と応えてくれました。

 ご本人も昔、演劇や映画関係の学問を学んでいて、若い頃は俳優にならないか?と周りからよく勧められたそうです。

 でも監督や制作側に興味があって、そちらの道には行かなかった・・・との事でした。

 さて私の山場はこれからで、そんな社長にさらに承認してもらわなければならない一つのお願いがあったのでした。

 さかのぼること2週間前、私はとある駅の改札を通り抜けていました。

 全く見知らぬ街。

 「普通なら、ここからバスを使う感じかな?」

 部下の若手を連れて、インターネットの地図サイトを見つつキョロキョロしながら歩き始めました。

 部下:「うわぁ、遠いですね。」

 私 :「そうだな・・・。」

 ベットタウンと言うべき町並みで、緩やかな下り坂が300mほど続き、途中にファミレスやら町のクリニックがところどころ交じる住宅街でした。

 部下:「みんなお金持ちで、大きな家ばかりですね。」

 私 :「ここじゃなくて、もっと遠くになるんじゃないかな。」

 部下:「えー?、厳しいな。」

 1㎞ほど歩くと途中には有名音大や芸術系大学の映画学科の校舎もあり、いかにも優雅でハイソ、芸術好きな人たちの住むところという感じの街でした。

 私 :「こういうとこに住んでいても、彼の経歴なら不思議ではないけど・・・いや、でも、こんな感じのところではないはず・・・。間違ったかなぁ。」

 そのまま坂を下って2㎞は行くと、緑の多い公園を見上げる風景になり、そのうち四方すべてが濃い緑に覆われ、夜は物騒なんじゃない?という風景になりました。

 部下:「これ、帰りも通るんですかね?」

 私も不安を覚えながら進んでいくと、急に谷の様な地形の先に別の住宅街がひらけました。

 そこは、庶民の街と言う感じで、一階にスーパーや小さな商店が居並ぶマンションがそびえたっていました。古い感じで、デザインは公営アパートの様な無機質な感じの建物でした。

 何棟も立ち並び、いわばコロニーを形成しスーパーや商店街のある棟はその中心的役割で、他は児童公園や駐車場が棟と棟の合間にあって、中庭に組合管理の集会室が別当として建てられ、そしてまた住居のみの棟が並ぶ大きな団地群となっていました。

 森一つ抜けるだけで、同じ地区でもこんな変わるんだ。

 与信管理実務者は、信用調査書にあった社長の自宅の住所を調べ経済的余力を調べます。

 そうです、先に述べた「お願い」と言うのは連帯保証を取るつもりで、その承諾をとる必要があったからです。

 厳しい監査をかわすため、この支援策の正当性を認めてもらうには、客観的に最善策と評価できる保全策もしっかり確保して、民主的な意思決定でこの債務者を支援している証跡を作らなければならなかったのです。

 でもそのためには、債務者のあらゆる状況を調べ、痛みも分かったうえでこの事を説明し誤解なく承諾してもらう必要があるのです。

 変な言い方、下手なごまかしなどせず“我々を信じ、諦めて取組んでもらうのが一番”という事を分かってもらう意図もありました。

 まずは地図サイトでストリート画像を確認し、現地調査をする前の予習をします。

 次に、その住所から地番を割り出し民亊法務協会のHPで不動産登記簿情報を取得します。

 まずは持ち家か否か?、所有者は誰か?、持ち家なら価値はあるか?、ローンの残はあるか?、を調べるのです。

 駅から現地までの途中の景色などもしっかりと頭に入れるため敢えて歩いてみます。

 目当ての不動産は分譲マンションの一室、つまり持ち家でその所有者は社長(調査書通り)でした。

 まずは「Ok」。

 その次に価値を見ます。

 過去購入したときのローンの借入設定金額を確認すると1000万円強。

「借りた金額が少ないな・・・価格が安かったのかな?もう少し価値があるのでは?」

 そう思い、改めてマンションの売買情報サイトで調べたら、その倍以上の値で取引されていました。 「経営者なので半分以上前金を積んだかな?」

 大企業のサラリーマンと違い、信用無くローンを組めない場合が多い経営者にはよくある話です。

 これで、所有不動産の価値も把握して「Ok」。

 そしてそのローンは完済しているらしく、住宅ローンの名残となる抵当権設定が解除されていました。

 「なんと、これは無担保だ。」

 ということはつまり、債務の金額分の担保はとれる。完璧「Ok」だ。

 ついでに「そう言えば以前、雑談で事務所の女性が「金融機関は“社長の喫茶店”でよく融資交渉していると言っていたな。その喫茶店の所有は社長かな?現地に行ったら近くを探してみよう。」

 さきほど通りかかったマンション群に併設の商店街をあたってみたら、予習通りそれらしい喫茶店が見つかりました。

 でも商店街のテナントだ、と感じました。

 案の定、ここの不動産登記簿を取得したら、マンション組合名義の共同所有であり、賃貸物件でありました。

 「これ以上の調査は無理かな。保証金押さえれるかもしれないが・・・まあ、いいか。」

 周りが暗くなってきて、若手も辛そうな表情になってきたので引揚げるとしよう。

という事にしました。

 しかしこの調査で私は、社長を大いに不安にさせてしまう大事な情報を見落としていたのでした。

 その情報を事前に掴んで社長の身になって説明さえしていれば、あの時、心底信用してもらえたのかもしれません。

(⑨へ続く)