倒産列伝012~華やかな世界、支えているのは⑨

倒産列伝

 さて社長との話し合い、いよいよ担保を徴求しなければならない山場を迎えました。

 当社が、先方を支援する具体的段取りとその誠意をご理解頂いた、このタイミングしかありませんでした。

私 :「それでは一連のこの件、ご理解頂いたところで我々からのお願いを聞いて欲しいのです。」

社長:「なんでしょうか・・・?」

私 :「回りくどくならない様にお話しますが、当社は今回の件で御社に優位な条件を出しておりますので、監査などのしかるべきところにも説明責任を負うことになります。」

社長:「たぶん・・・そうなんでしょうね。」

私 :「ここからは口頭ベースでしか話せませんが、私を信用して頂きたいのです。」

社長:「・・・・?」

私 :「単刀直入に申し上げます。社長はご自宅を〇〇市にお持ちです。」

社長:「そこまで調べたのか・・・。」

 社長の顔にあきらめの表情を見て取れたので、チャンスとばかりに私は続けました。

私 :「はい、ご気分を悪くしないでください。御社を守るためでもあります。」

社長:「要は担保をよこせって言うんだよね?」

私 :「お察しの通りです、ご自宅とされているマンションの一室に“根抵当”を設定させて頂きたい。」

 私は、五月雨式に説明を続けました。

私 :「通常はローンの場合、返済が進むにつれ担保に供与頂いた額が減っていく(つまり残額にのみ担保の効力がかかる)“抵当”を設定します。しかし、今後もいっしょに仕事を続けさせて頂く中で、御社の資金繰りが再び窮地に陥ることは予想されるところです。・・・失礼を敢えて申上げます。」

社長:「それで?」

私 :「担保の上限、つまり極度額が変わらない、根抵当を設定する事で今後の長いお付き合いに備えさせてください。既にこのご時世、社長の会社に融資をしてくれる金融機関はございません。しかもどの金融機関からの借入残もありながら、すべて無担保の状態です。」

社長:「いろんな中小企業支援策と政府の指導もあって担保は要求されなかったんだよね、あとは当社の引受ける舞台仕事も人気作品ばかりで勢いがあったからね。」

私 :「極度枠を設定させて頂き、返済が進んで空いた枠は、新たに当社が支援できる可能枠とさせて頂きたいのです。」

社長:「たしかに、銀行関係はもう貸してくれないと思う・・・。」

私 :「それだけではありません。御社の資金繰状況については感知していると思われますので、政府の中小企業支援の風向が変わり次第、保全に動くと予想されます。つまり、担保不足と称して社長の不動産を要求してくるのは間違いありません。お金は貸してくれないのに、担保だけ新たに要求してくるという事です。」

社長:「国の支援策で、担保なしで借りれるというから借りたんだが・・・。」

私 :「その時はそれは事実でしょう。しかし、景気の潮目が変わったり、国から貸手責任を問われかねない雰囲気になってくると彼らは保身を強め、ずさんな融資姿勢をとがめられぬ様に取繕いを始めます。」

社長:「確かにあるかもしれないね。」

私 :「私の提案は、当社にとってはガバナンス上の提案ですが、それ以上に今後起こり得るであろう社長の身に降りかかる危機の防衛策にもなります。銀行は、国の施策なので血税で賄われる融資財源を自行のリスクヘッジと融資担当の成績アップに利用することがあり、無担保無金利を売込み、融資を増やしてきました。そこで空気が変わってくると世に必要な業界から優先順位を決めて、劣後する業界から先に回収の準備に入ります。特にエンタテインメント業は無理な回収をしても、なんとなく社会的目線は「仕方がない」と許してもらえる雰囲気があり、平気で潰しに掛かります。私は、そういう光景を何度も見てまいりました。そして私の提案が後々功を奏し、取引先様の窮地を何度も助けてきた事例がございます。」

社長:「ほんとうに、銀行はそんなことするのかな・・・。」

私 :「すべての金融機関がそんなことするとは限りませんが、社長の借り入れている金融機関は可能性高く、何度も対峙したことがあります。当方が先に抵当を付けていたとあれば、彼らはあきらめる可能性もありますし、必至ならば当方を引きずり出して話合いを求めてくると思います。新たな金融機関を呼んでそこを1位抵当順位に設定し、我々を劣後順位に設定されても良いですが、案族の行く新たな融資が適う望みはありませんので、当方を1位抵当に設定させて頂くのが最も得策だとご提案します。」

 身内となるS氏もF氏も、分けが分からず目を丸くしていました。

 私の言っている事は、味方にもその場で理解してもらうのは難しい内容です。

 社長は彼らよりも融資交渉の経験から理解力は高かったかと思います。でも実際にそんなことが起きるのか懐疑的な点はぬぐえていない様子でした。

 ましてや、仕事をしながらそれを聞いていた隣室の社員の人達にとっては信じがたい事だったかもしれません。

社長:「あなたのいう事は、理解できます。しかし、ウチも顧問弁護士は雇えませんが私の昔からの知合いの弁護士に、銀行との交渉をあきらめずに進める方向でアドバイスをもらっている。彼に確認してみる。」

 こういうとき、「顧問ではない先生に聞く」というフレーズは良くない。

 私の心には、嫌な予感が過ったのでした。

(⑩へつづく)