倒産列伝013~バブル清算期の記憶「鬼の形相、仁王立ちでお出迎え」⑤

倒産列伝

 私のこの話で、大いに威圧してきた白髪の鬼のオーラが急速に萎んでいくのを感じました。

 「ざまあみろ!!」

 と言いたいところでしたが、私はそんな気持ちにはなりませんでした。

 何十年もどっぷり浸かったこの仕事で社会的にも高く尊敬されてきたこの御仁は瞬時に人生を振り返り、「自分は今まで何をしていたのか・・・。」という心情に達しているのが伺え、私も寂しくなったのでした。

 

 とはいえ自分は、自身の勤める会社を守らなくてはいけません。与信管理実務者は、こういう局面こそ感情に左右されてはいけないので

私 :「・・・どうされますか?私のお願い(要求)は前金です。」

太鼓:「銀行に向かって前金なんて・・・失礼だ!!」

私 :「え?リース会社ですよね?部長様もどっちの債権リスクが高いか、お考え頂けないですか?中小企業ながら信用調査が高評価で、決算書も開示し優秀な評価を得ている取引先様と、信用調査は低評価、決算書も開示しないうえ、当社への支払(回収)期間は取引先様の何倍も長く、いつ国から親会社(銀行)が破綻の宣告を受けるか分からず連鎖倒産するか分からないリース会社さんを比べ、当社の様な倒産しかかっている資金力の脆弱なサプライヤー(メーカー、供給者)はどちらを選ぶべきか・・・。あなたが我々の会社の審査マンならお分かりかと思うのですが・・・。」

 よほど頭に来たのか、太鼓持ちの唇はワナワナと震えていましたが、同時にチラチラと鬼の方を伺い結局、何かを発言する勇気は無いようでした。

 その姿にイラついた私は、更に畳みかけてしまいました。

 おそらく母体銀行からの言いなりで、実質与信管理などしておらず、しかもB判定のE社さんを不良会社だと嘘の報告をしていたのは「こいつだ!!」と思ったからでもありました。

私:「私だったら・・・E社さんに、当社がわざわざリスクを負って御社を介するよりも、リースと同じの3年割賦(分割払)にし、もっと安い金利で供給した方が良いと判断いたします!!」

 とても嫌なことを述べてしまいました。

 鬼は、まさか自分が常務を務める金融機関系リース会社が、ユーザーの一般事業会社よりも“信用評価が低かった”などと、考えたことも無かったでしょう。

 しばらく考えていた鬼は、こう言いました。

鬼 :「ウチがいまさらユーザー(取引先様、E社のこと)と締結した契約の解約はできない。またその契約でそちらに即金或いは前金で払うというのもできない。でも、私の出来る可能な限り最短で現金を振込ませる。今日から3日~5日後だ。私に免じてこれで手を打ってくれないだろうか?」

私 :「御社の支払期間が短くなったことでE社さんがリース料率を上げられるなど、不利益を被ることはありませんよね?」

鬼 :「ない。」

私 :「では常務様を信じて着金(入金)を待ちしましょう。」

 さすがに数日で突然に銀行系リース会社が倒産の申立を行う事は無いと考えるので話を切り上げ、半分空っぽになった元銀行のビルを出ました。

 白髪の鬼の、お出迎えの時の様な仁王立ちの“お見送り”はありませんでした。

 空を仰ぐと、青く冴えわたるも自分に「相手に見事勝利した」という達成感は無く、ただただ冷たい北風が吹きすさぶ台地でしたが、代わりに「なんとか乗越えた」感は出ていて、いつのまにか腹痛が消えていたのでした。

 やっぱり精神的なものもあったのかな・・・?。

 トボトボと歩く感じは行きと変わらず、同行した営業マンと別れ、帰りは最寄りの駅からM氏と帰る事にしました。

M氏:「切なかったですね。」

私 :「Mさんもわかりますか?こんなこといつまで続くんですかね?気まずい場所に同行して頂き有難うございました。」

M氏:「いえいえ、なんの力にもなりませんでしたし・・・やっぱり保険には掛けられないという事で良いですよね?」

私 :「先方の常務さんの提示した条件は口頭でしたが、銀行マンとしてプライドをかけた発言でしたから、それを信じて上司に報告し承認を取りますよ。もし入金が遅れたら金利も発生すると伝えましたし・・・倒産したら責任持ちますよ。いつもこんな役割です。慣れてますから・・・。」

 M氏は安心した顔で、途中の駅で降り自分の会社へと戻っていきました。

 お金は、5日後に全額入金されました。

 確実に入金されるまでは実際に不安で、新聞や調査会社のニュースなど金融機関の破綻情報を確認しては、不穏な記事が無ければ安堵するという数日間でした。

 入金後に、鬼か太鼓持ちから「入金してやったぞ!!」などと、何か連絡があるかと思いましたが何もなく、「自社の信用不安を認めたんだな・・・」と考えると、現場で抱いた寂しさというか切なさがまたもこみ上げてくるのでした。

 その後、あの地銀もリース会社も存続し続けましたが、我々には明確な公表も何もなく、ただ存続し続けているという現実が示されるだけで、依然、財務体質の不健全な銀行としてメディアや格付機関の発行する新聞などに掲載され続け、果たして潰れるのか潰れないのか確信無くモヤモヤが続いたのでした。

 何度も述べますが、金融機関系の会社の支払に対し、こんなに心配する事なんて今では信じられない事です。

 バブルの清算期には、最後の局面になると掃きだめと化したリース会社やノンバンクなどが次々と倒産をはじめ買収や合併により消滅していきました。当時、当社は取引していたリース会社もバブルの勢いで100社を超えていたのですが、事業会社系を含めて一割以上のリース会社が倒産し消滅していきました。

 幸い当社はこれらすべての貸倒れを回避できたのですが、それは、どんな相手でも普段と変わらぬ与信管理プロセスを徹底したことだと思います。

 バブル清算期も終わりに近づくと、当社に転じてきた役員などが「銀行系は、心配ないだろ!スルーしろよっ!」などと我々にアツをかけてくる調子のよい人がいましたが、全く運任せの無責任な発言にしか思えないのでした。

(おわり)

 ~与信管理実務者の独り言~

 銀行系のいろんな人々と接していろいろ学びました。

 親銀行の言いなりで与信スルーや直接貸せないからリース子会社を経由させるなど普通の会社でも禁じ手といわれる「与信飛ばし」をやっていたり、いい会社の評価を捻曲げて報告をすることもあるんだ、と。

 そして、そんなうその報告による間違った判断で貸渋りや貸し剥がしが行われた可能性もあると想像すると「あの“太鼓持ちヤロウ”がバブル期の超A級戦犯で罪深いんじゃないかな!?」と考えてしまいます。

 他にもいろいろありましたが、たくさんあるのでそれは別の機会に述べることにします。

(おわり)