倒産列伝014~バブル清算期の記憶2「独自の防衛策」⑤

倒産列伝

C役員:「ちょっといいかな?」

私  :「はい、なんでしょうか?」

 デスクの後ろから私の肩越しに長身のC役員が覗き込み声をかけてきたのでした。

 目は笑いながらも声のトーンから、今回の件で言いたい事があるのだとすぐに判りました。

 

 私をご自身の、出来たばかりの執務室に伴いました。

 外部から来た成りたての役員なので窓が無く無機質なデザインで他の役員に比べ狭めの執務室。

 秘書もまだ、部下のB役員の秘書が兼務しておりました。

 彼は扉を閉め、こう言い始めました。

C役員:「ちょっと、与信枠の設定が過少なんじゃないの?ギリギリで回していく事に意味があるのだろうか?」

私  :「営業がこの枠で申請をしてきていますので・・・。彼らは過去の経験から慎重な対応をしているのだと考えますが・・・。」

C役員:「君はどう思う?あのD社は新規参入とは言っても異業種では老舗で実績があり、その本業からの資金が回ってきている以上は倒産の懸念もないし、むしろ優良先として優遇すべきなのでは?」

私  :「業界を率いる当社は、資本背景が潤沢でも実績のない先を安易に優遇しますと面倒な事が起きます。それは他の老舗顧客からのクレームです。」

C役員:「あそこは、上場を目論んでるとの事で、有力なファンドが付いている事は知ってるよね?」

私  :「はい、確かにそこそこ有名なファンドですね。」

C役員:「それなら、少しは営業側の背中を押してくれても良いんじゃないの?気兼ねなく与信枠の増額申請ができるようにさ・・・。君の段階で増額したらいいじゃない?誰も文句言わないよ?」

 それを聞いて私はムッとしました。

 小説などで審査マンが営業の前に立ちはだかり、何でもダメダメと言うシーンというのはよくあると思うのですが、営業マンだった私も、営業の気持ちが分かる自負はあり、且つそういうダメダメスタイルは嫌いだったので健全と評せる取引先にはおっかなびっくりな営業の申請内容を支持するコメントを出し、経営が悩まず短時間で決裁できる様にはしていたからでした。

 ただし一度申請された額については、あくまでも審査回付先であり決裁者の意思決定に資する客観性を持たせた評価をする役目の与信管理者側自らが増額をすることは致しませんし、できません。

 あくまでも額を決めるのは営業です。

 チェック&バランスを保つガバナンス上の鉄則なのです。

 それを捻じ曲げて圧力をかけてくる雰囲気に、呆れながらも

私  :「事前に営業側が相談してくれば、背中を押す事はよくありますので誤解しないでください。ただ今回は申し訳ありませんが、背中は押しかねます。でも営業には頑張ってもらいたいので机上の評価では与信枠を増額する事はできなくても、きめ細かな営業力で少しずつ実績を積んでもらい徐々に取引額を上げていく戦術を理解し応援しています。」

C役員:「それじゃ、遅いんだよ!! 時間がかかって他社に持ってかれちゃうよ。」

私  :「それは仕方がない事だと思います。」

 今度はC役員がムッとしながら

C役員:「堅いな、それでは営業活動を阻害している事にしかならない・・・。」

 とつぶやきました。

 「君が反対する根拠は何?」と問いかけてくれたら賢明な人だと思ったのですが、残念なことにそれは無く「もう言っていいよ」とだけ言って終わりました。

 その瞬間に私は見抜いてしまいました。

 我々の様な役割の人間が「こう言っているから」とか、与信枠を「増額していいですか?」などと聞いてくる営業マンがいます。

 そういう「与信枠のことは専門家にお任せ」な文化の企業もあるかと思いますが、それは実に残念な事ですが、この人はそういうところで経験を積んで来てしまった人なんだと。

 私は与信枠を決めるのは営業であり、最後に決裁するのも営業部門の最高責任者(社長含む)であるべきと考えております。

 なぜなら数字を背負いチャレンジし、その成果次第で称えられるのも制裁されるのも営業であるべきだからと考えるからです。

 特に与信リスクは、自らがチャレンジした追い求めるリターン(成果)と同じだけ伴うからです。

 この様に取引先に対する与信リスクは両刃の剣に例えると自分に向いている刃のほうになるのです。

 そしてストーリーを描くのは営業自身であり、その主人公は営業担当であるべきなのです。

 与信管理者の行う信用調査(調査会社の調査資料の取得や決算書による資金繰リスク分析)は、営業が自分だけの狭い価値観だけで判断し見誤らない様に多面的角度から取引先を見させる意味もあり、言わば営業に対する監視役も兼ねているのです。

 私が今まで関わってきた“できる営業マン”とは、予め自分でシナリオを描いておき、その主役として十分な存在感を示しながら、私らの様な与信管理者や間接部門の人々を味方にして巻き込み、そしてうまく利用してストーリーを組立てながら進め、成果をあげる人材です。

 主人公であるがゆえ、すべてのリスクは自分にあると覚悟しています。

 それができる人とできない人がいて、その違いはよくわかります。

 自分が営業マンだったからです。

 そして私は余計な口出しをせず、彼らの描こうとするストーリーの進捗を見守りながら、横道に逸れそうになった時や不測の貸倒れによる不良債権の回収時のみ直接支援していくのが望ましい事としておりました。

 成長過程にある若者には老婆心が起きやすいのですが、敢えて我慢するのはこちらの仕事と考えていたものです。

 

 基本、お調子セールスの技術しかなく、相手にとって御用聞きの様なキャラになり、強気に出た相手から不利な条件を言いなりに飲んできて、でも内弁慶を発揮し会社に損を押し付け、売上の数字だけを大いにアピールする、そんな営業スタイルの人物が上に立つと面倒この上ないのですが、更に面倒なリスク対応は“専門にお任せ”というスタンスは最悪と言え、そしてそういう人物に限って自分に不都合な者を嫌い、排除しようとするのでした。

 

 当然、彼も人間ですし役員までなった男ですから、私がそう感じとった事も薄々分かったのだと思います。側近に、営業に所属する人材の中でリスクの評価ができそうな者を据えて、それまでB役員が責任者だった際に必ず呼ばれ意見を求められていた取組案件の事前会議などに私を呼ばなくなったのでした。

(⑥につづく)