倒産列伝014~バブル清算期の記憶2「独自の防衛策」⑧

倒産列伝

 F氏ご一行は、こちらがアポの日取りに応えるとすぐにやってくることになりました。

私 :「先方は何人で来るの?」

T君:「3名と聞いてます。」

私 :「じゃあ、ウチらは4名で対抗しようか。向こうはプロだしね。」

T君:「ウチのもう一人って誰ですか?」

 当社は顧問弁護士事務所から、若手弁護士が一定期間常駐してくれるサービスを受けていました。

 私にとって、これはとても素晴らしい制度と言えました。

 同年代の弁護士と、何もない普段からコミュニケーションがとれて人となりもわかり、仕事の案件も一緒にこなしながら過ごす。

 日頃から見ていると弁護士もただの人間ってことが分かりますし、これまでいろいろな弁護士と対峙してきた私には、リラックスした関係で自分の考え方を先生と呼ばれる人に理解してもらい、弁護士側も壁を作らず若いうちから現場でもまれる、いわゆる私の様に弁護士免許は持たないけど経験豊富な叩上げの連中(我々)と問題解決に挑めるというのは、勉強だけが取柄の杓子定規で使えず判例研究しかできない先生とは一味も二味も違う、人間味の溢れる使える弁護士を育成でき、お互いのシナジーが期待できる関係になれるのでした。

 若手のチンピラヤクザが「先生!どうぞっ!!」

 てな感じで呼び出すと「おうっ」とあらかじめ植込みの後ろにしゃがんで待っていた浪人侍が、つまようじをチーチーと咥えながら出てくる時代劇やお笑いの世界を想像し、そのイメージのノリでふると、ほんと阿吽の呼吸で、その仕草で出てきてくれる常駐弁護士の先生がいらっしゃいました。

 そのお方Y先生と呼んでおりましたが、困った時には本格派弁護士としてほんとに頼りになるものの、それでいて普段はこちらとの距離を掴んで出張りすぎず謙虚で、私の描いたストーリーを理解しそれらが法的に適切か否かだけアドバイスをくれる、友達感覚でもつきあえる素晴らしい先生になるだろう人物でした。

 「メガバンクの債権回収専門とか言ってこちらを威圧するものなら、ウチだって弁護士を同席させちゃうよ?」ということで、F氏一行が応接に入ってきた直後に「先生どうぞで、“やあやあ”と入ってきてもらう」演出で、忙しい合間でご迷惑でしたが交渉の場に加わってもらうことをお願いしたところ、快諾してくれたのでした。

 案の定、こちらを舐めてかかっていた彼らは意標を突かれた感じになり、動揺と不安が見て取れました。

 でもY先生には同席してもらうだけで、よほどなことが無い限り「深入りしてもらう必要はないから」とあらかじめ断っておいて、「こう言う事がある」一種の事例として成行きを眺めていてもらえれば良いという事前の打合わせもしていたので、あとは私のペースで進めていける雰囲気を作っていったのでした。

 窓のないアイボリー一色の壁に囲まれた白いテーブルの当社応接室に、お決まりのグレーのスーツを着た債権回収専門の銀行マン3人、でもどこかやさぐれ感も醸していてスーツも気持ち緩く着こなしている感じのスキが無い、彼らも肩書通り常に刀の鞘に手をかけている経験豊富な野武士連中かとみて取れたのでした。

 ところで私には、交渉で銀行マンに優位に立つための信条として、見栄や虚勢を張らない、知らない事は知らないを真っ向からぶつける戦術が一番と言う考えがありました。

 銀行マンは、常に開口一番「御社ぐらいなら」とか「あなたぐらいの肩書の方なら」とかで煽り、直後に「当然お判りでしょうが」と打ってきます。

 そういう相手方の虚栄心を引出し、分不相応な条件を飲ませてお金が自分らに優位に動く様な雰囲気を引き出すのがとても上手だと思います。

 そしてまんまとその様なハメになって、我に返り不安そうな相手に向かって「何かあればいつでも変えられますから」とか「我々、この〇〇銀行がついていますから」と安堵させておきながら、いざとなって困っても「雨が降っても傘は貸さない」となって、潰された取引先をたくさん見てきました。

 そういう彼らのやり口を見てきて、今回何を言ってくるか分からないけど「思う様な展開にはさせないぞ」ということで、Y先生には法律の専門家として同席して頂いて、彼らが適当な銀行の理論を持ち出してきても「銀行の都合など知らない」「銀行内での専門用語など知らない」「金融商品の知識など無い」「金融専門の経済用語も知らない」を貫き、彼ら自身に一から説明させる様にして、しかしながら法的な根拠については常に弁護士が目を光らせており、虚偽や曖昧で中途半端な説明はしっかりとその場でチェックできるんだぞと威嚇し、覚悟しろよと言う様な雰囲気を作ってのぞんだのでした。

 彼らはいきなり出鼻をくじかれたためか、「やりにくい相手」とみて、こちらへの要求としてストレートな話をぶつけてきたのでした。

F氏:「D社が民事再生手続というものを行ったのは、御社なら“当然”ご存じですよね?」

私 :「はい」

F氏:「民事再生と言う事についてもどう言う事であるか、御社なら“当然”ご存じですよね?」

私 :「はい」

F氏:「D社が申立てをする前段の動きや信用状態の変化などにも、御社なら“当然”にお分かりであったかと思うのですが、いかがでしょうか?」

私 :「は?なんのことをおっしゃっているのか、分かりませんが・・・。」

 F氏は少し、鼻をフッと鳴らして笑いをこらえる仕草を見せました。

 銀行マンの、相手方のプライドを煽り優位に立とうと揺さぶる典型的なやりかたです。

F氏:「与信管理の専門ユニットを持っていらっしゃるわけですから、気づいていないと言う話にはならないかと。」

私 :「当然ながら定点的なチェックはしておりました、しかし急速に信用変化が起きた様ですし、気づく気づかないの話どころか取引継続についても話し合う余裕などありませんでしたが、もしも気づいてたとしたら何をおっしゃりたいのですか?」

F氏:「御社は当社の親銀行の重要融資先であり、リース取引先としても重要なサプライヤーなので、こう言う話をするのは大変恐縮なのですが・・・。」

 このE社の銀行グループは、メガバンクになる前からメインバンクの一つではありましたが、バブルの清算時期に起きた当社の、あの巨額の貸倒と反社組織との関りの疑義による信用不安事件の際には格付を「破綻懸念先」に落とし融資案件をすべて保留し新規融資案件からは手を引かれ、屈辱的扱いを受けたのでした。

 言いなりに頭を下げる当社財務系の連中をみて、とてもイライラしている自分を思い出すのでした。

 それ自身は当社に原因があるので仕方ない事ですが、思い出すと私は「重要」だとか「上得意様」とか彼らの言う事は慇懃なもの言いにしか聞こえず、「何を言ってんだ?」と憤る耳障りの悪いものにしか思えないのでした。

 ましてや、彼らは当社の業界全体に(これは当社が原因ですが)ヤクザな傾向があると決めつけ、取引先への融資引締めや格下げを行い、資産の差押えや第三者の倒産申立なども行って悉くつぶしにかかってきたことは記憶にまだ新しく、憤りに拍車がかかるのでした。

私 :「恐縮?なんでしょう?」

F氏:「・・・与信飛ばしをしていませんか?」

私 :「は?つまり、どういうことでしょう?」

F氏:「ありていに申し上げますと・・・、当社に債権を移動させるべきでない相手先に対し、分かっていながら移動させた・・・・という事です。」

(⑨へつづく)