私 :「反論してよろしいでしょうか?」
F氏:「なんでしょう?」
私 :「当方よりも御社の方が、企業の信用を計るのは専門のはずですし、それ相当のコストもかけていると考えます。なのに当社側の方が、彼らの情報に詳しく気づいていなかったのがおかしいという考えに至るのは、逆におかしくないですか?」
F氏:「定性的な情報、つまり風評などは御社の方が早かったのでは?という事を申し上げたいのです。」
私 :「つまりは、当社が御社を騙して、D社が倒産することに気づいておきながら債権を移動させて信用リスクを擦り付けた・・・と、言う事でしょうか?」
F氏:「・・・そうお受け取りになってもやむを得ないという事です。」
私は冒頭で述べました、かつてのバブル清算期にリース会社とやりあったあの大型倒産事件にまつわるイザコザを思い出しました。
「与信飛ばしの疑義」としてリース会社とその監査、自社の監査にも責められた事を。
あれから10年近く経ち、世の景気はバブルの後遺症など忘れた感のあるリーマン前夜で沸いており、すっかりリース会社らもあの時の遺恨は忘れてしまい、そんな悪夢は無かったムードになっておりました。
それがあの一言で、応接室での時間が一挙にタイムスリップした感に襲われたのでした。
私は思いました。
彼らは、内実何も変わっていない、当社のせいにしようと必死だ。
また当社のあの時に失われた信用というものも、取り戻せてはいないのだ。
彼らの奥底には、当社にあの時抱いた疑義というものが未だ根強く残り、無くなっていないのだ。
私はその瞬間に「いま当社の信用を取り戻さなければ」と思ったのでした。
あの当時、世間から「メンテナンス機能が無くヤクザな会社(実際はアメリカンギャングといわれました)」とレッテルを張られ、多くのリース会社から引き揚げられた屈辱、そして業界のトップだったが故に業界全体の社会信用も失い、多くの中小企業である取引先が金融機関から貸剥しの目に合い、路頭に迷わせてしまったこと。
そしてリース会社やその上の金融機関にはまだそのレッテルは残っていて、ましてや当社をはじめ業界の本性はこれだとばかりのトラウマになっているということを確証もった瞬間でした。
私 :「確かに・・・当社は約8年前に御社を含め、リース会社様方の信用を失う事件を起こしました。事件と言っても、司法から見たらどっちもどっちで立件される様な証拠もあったわけでなく、当然に事件化されなかったので正式には何も残っていませんが、実際は関係筋みんなの心にトラウマを残してしまいました。」
F氏:「・・・・・」
私 :「そして、その時の強烈な当社の印象が未だに残っているのだと認識しました。」
F氏:「・・・そうかもしれませんね。」
F氏の物言いに際し横を見ましたら、営業部長と担当T君が顔を真っ赤にして今にも相手に掴み掛からんと憤る表情が見て取れました。
弁護士のY先生は、だまって表情を動かさず目を閉じ聞いておられました。
私 :「対外的に当社は広く発信しませんでしたのでご認識は無いかもしれません。実は、当社は信用を取戻すために自身を戒める厳しい制度を社内に課して今日まで運用してまいりました。その番人が私です。」
F氏:「ほう、どの様な制度なのでしょうか?」
私は「文句あるなら言ってみぃ」の様な相変わらずの慇懃な言い方に憤りを覚えながらも、冷静に言葉を選ぶ必要があるため、まず深呼吸をしてから説明をし始めました。
私 :「当方はあの事件以来、リース業協会のスキームを遵守する事にしており、それに則った業務プロセスを敷いております。」
F氏:「どの様なプロセスでしょう?」
私 :「商品出荷の際、まず取引先に売上を立てるため取引先の与信枠を見て足りなければ増額の審査を行います。その後リース会社さんに債権を移動させるやり方です。その時はリース会社さんの与信状態も見ます。もしも、その債権の移動中にリース会社が倒産したら、商品代金は取引先に弁済してもらうか商品は引揚げる旨の念書を事前に取付けます。」
F氏:「・・・・・」
私 :「そして取引先が倒産した場合・・・当社内の手続きが終了していればリース契約の進捗いかんに関わらず、当社は債権が移動している認識でリース会社さんに支払って頂く様に求めます。」
F氏:「それでは、E社とD社とのリース契約は成立していないので、機会の引揚げをすればよろしいのでは?」
私 :「冒頭に申上げましたとおり、そして“御社も当然にお分りのとおり”、双方がリース業協会のプロセスを正しく順守している前提となります。」
F氏:「・・・・・」
私 :「先ほど、当社がいわゆる与信飛ばしを行ったと言われましたが、今回のスキームの中で御社は私どもにリース契約の商談を行っているというご連絡と見積書の要請が事前にありませんでした。正直なんの挨拶も意思表示も無く、いきなり注文書を送り付けてきました。当社は、御社が注文書を送ってこなければリースへ変更すること等は全然考えておらず、自力で与信を立てて出荷しておりました。またその与信枠の範囲はすべて当方の算出した必要な保全額を自己責任として確保しているのです。失礼ながら過去の経験から与信とばしの疑義が生じる事はあり得ないルールを設け、最悪貸倒れが起きても覚悟のうえで取引し、特に民事再生などの案件では大事な取引先の将来性に応じて支援するか否かの判断ができる様にしており、分割弁済を受ける覚悟ができているという事です。むしろリース会社さんに貸倒れるほうがよっぽど怖い。最初にルールを無視し、更に当社の営業担当が再三連絡を取る様にしたのに、これもまったく無視したのはそちらです。当社の営業担当はD社に連絡して、D社との間に必要な手続きはD社の理解を得て取得しました。でも未だこの商談に割り込んできた御社からは、取り繕う様子も無く、ましてや貸倒れたからと言って当社へ与信飛ばしの疑義をぶつけてくるなんて失礼極まりない話です。なんでしたら、機密保持契約を交わし、一連の社内資料をお見せしてもかまわないですよ。そして御社はリース業協会の重役も務めてらっしゃいますよね?」
Y先生:「この与信飛ばしを戒める制度を厳しく管理していることは、私も認識しており弁護士として保証します。」
Y 先生の素晴らしい、合いの手フォローが入りました。
今度は、大きく息を吸い込んだのはF氏のほうでした。
白い顔が青くなっているのが見て取れました。
F氏:「・・・・・社内に持ち帰りまして確認いたします。」
E社の担当が、協会のプロセスを守らず発注してきていたことについて、彼は聞かされていなかった様でした。つまり、自社側に都合の良い事しか聞かされていなかったのでしょう。
結果的には当社が注文が受けE社と当社との間で売買は成立しているので、彼らは争えたと思います。巨大な金融グループですから、トップ目線で見ればちっぽけな業界のことなどなんとも思わないはずです。
それでも当社は業界最大のサプライヤーで、E社が当社から買わなくなっても、こちらとて痛くもかゆくもありません。取引しているリース会社は他にも100社以上ありましたし、当社が紹介すればたいていのユーザー取引先は、そのリース会社との契約に応じてくれておりました。
現場では、商機を重んじ担当者保護よりも今後も関係を崩したくない感情が働くはずです。
彼ら自身も振上げたこぶしを下すには、E社営業担当者の不手際を認めたほうが得策と考えるのではないかと思うのでした。
F氏ご一行は無表情で席を立ち、帰り支度を始めました。
そしてエレベータの前、無表情で私にこう言いました。
F氏:「御社とケンカする気はございませんから。」
この一言で彼ら債権回収のご一行は、自社の非を認め貸倒れを認める考えを述べたと捉えました。
私はこう告げました。
私 :「それでは、期日通りのお支払いをお待ちしております。」
向こうにすれば屈辱と感じたかもしれません。でも私はただ、念を押したかったのです。
(⑩へつづく)