「どうしてこうなっちゃったんですか?」
都心から1500Kmは離れ、黄昏れるここ南国の地に飛行機とタクシーを乗り継いでやってきた私が社長のAさんに問いかけた、最初の言葉でした。
「おれもわからん!!」
銀縁の強面眼鏡の奥に座った鋭く光る眼、頬骨がでっぱり、口の両端は常に上がり薄い上下の唇を引っ張っている。髪型も生え際は常にさっぱりしている。けどポマードでテカる、くどいオールバック。
背が高くがっちりとしていて若い頃は完全無敵の総番長かつ絶対権限を主張する専制君主で無条件に着いていって間違いはない、でも着いていくには理不尽な指示命令やパワハラに耐えなければならず、心底敬愛していなければ身が持たない。
そんな、現代の若者には最悪の経営者キャラかもしれませんが、天然ボケでおちゃめな面もありどこか憎めない、そんな社長Aさんが力なくうつむき、目を閉じ、首を左右に振りながら私の問いかけに返えしてきた失意の言葉でした。
その直前の当日午後、大手信用調査会社の担当が彼の上司を連れて訪問してきたので、私は自社の応接室にて対応していた最中でした。
市場の動向を伺い、全国の倒産統計や信用不安先の話題などで盛り上がっていたところ応接の入口扉がトントンと鳴りました。
少し空いた扉の隙間から常務の秘書さんが「ちょっと・・・」と手招きをしたと思ったら、その隙間から秘書の頭越しに手が現れ、ぬぅっとこじ開ける感じで常務が応接に割り入ってきたのでした。
私 :「常務、いま来客中なんですけど・・・。」
私が困って言うと調査会社の人たちも「なんだなんだ」という面食らった感じになりました。
すると常務が、激烈に不安な顔をして私に言いました
常務:「こんなニュースを見ちゃったんだけどさぁ・・・・・。」
常務がその場にいた全員に見せたA4用紙にはHP画面からプリントアウトした記事が載っていました。
『アミューズメント施設運営大手A社が突然の事業停止、法的整理申立てか?』
調査会社Nさん:「あ、当社の記事だ!!」
常務:「ウチは当然、引っ掛かっちゃってるよね・・・・?しかもたくさんの金額だよね?もしかして筆頭債権者じゃない?」
調査会社の方々も、自社のニュースが役立ったとはいえ高額筆頭債権者が生まれた瞬間に居合わせるという貴重なシーンのこの空気をどう凌ぐか困っている感じでありました。
私 :「あー、当然引っ掛かってますねー。早急に社長にご報告した方が良いですよ。でも前日の出荷は偶然ですが緊急的に止めさせておりましたから、倒産当日にも出荷しちゃってたという間抜けなパターンにはなってないです。与信枠が不足しそうだったのと直近の動態に懸念がありましたので営業には枠の増額申請はさせず、支払日の到来で決済後に空いた枠内で追加出荷させる様にしていたのでした。金額にして1億くらい。でも2億以上は既に出荷していますので金融機関やリース会社を除いた事業会社としてはダントツ筆頭でしょうね。」
調査会社の方々がどうしようかと苦笑しているのを気にもせず、常務は私に言いました。
常務:「すぐに現地に行ってくれない?Aさんに会いに行ってくれないか?連絡も取れないんだ・・・。」
社長のAさんと仲が良かったばっかりに、裏切られた感もあって常務はショックを隠せない顔をしていました。
私 :「・・・分かりました。」
常務が応接室を去った後、調査会社の方々が不思議そうな顔で私に「なんだか落ち着いていますね。」と話しかけてきました。
私 :「まあ慣れてますしね・・・。まだ確実とは言えませんが、回収の勝算が無いわけではないので。」
「そうですか・・・これからお忙しくなるでしょうから、それでは我々はこれで・・・」と彼らは帰り支度をはじめ、この空気感から早く逃れたい気持ちがヒシヒシと伝わってきました。
顧客が貸倒れの瞬間に出くわすというリアルな現場ドキュメントとして、ほんとうは記事やコラムにでもするとして詳しい取材をして欲しかったのですが、私も現場に向かわなくてはならなくなったし事前に情報を提供できなかったという後ろめたさと気の毒な顧客の仕事の邪魔しちゃ悪いという気持ちもあったのでしょう。
ということで私はその日の最終の帰り便に間に合う日帰り可能な便で現地に降り立ち、現場に向かい大きな社屋の玄関を訪れるとA社内は静まり返っておりました。
インターフォンを鳴らしても応答が無く、きょろきょろと社内に誰かいないか見回していたところに吹き抜け三階くらいの高さにある踊り場からAさんが顔を出し
A氏:「おーい、こっちだ!! 上がってこい!!」
と手招きしてきましたので上がるとそこは社長室・・・ではなく秘書室、すでにAさんは前社長になっていて「おれはもう社長じゃなかとよ」とすっかりめげた口調で力なく、「申立てた瞬間に社長は解任されたとよ・・・そんな決まりなんだと」と絶望感を隠し切れない感じでその場の心情を伝えてきたのでした。
ということで冒頭の会話に戻るのですが
A氏:「もう俺は社長室には入れんと」
私 :「あ、既に法的整理を申立てられたのですね?何法を適用ですか?」
A氏:「あー会社こうせい・・・?なんちゃらちゅうやつよー、ようわからん」
私 :「あちゃー、最も強力なやつでしたねー」
A氏:「そうなの?弁護士が言うには“こいじゃなかいかん”と、社員や会社を守るにはすぐに申立てんといかんっと・・・言うのよ」
確かにこのA社は数年前に上場を果たしていたため、この会社更生法と言う最も強力な再生型法的整理を申立てるのが相応しい判断だったと思いました。
カジノや賭博業を生い立ちとして戦後とは形だけで局地では進駐軍との内戦冷めやらぬ国内で、その進駐軍と一緒に渡来してきたアメリカ系ユダヤ商人が持込んでつくったゲーム業界は「悪しき賭け事の温床」とされ、賭事の無い娯楽業におけるジュークボックスやデジタルゲーム設置業に進化してもなお、いわゆる「ゲーセン」と言われ不良の温床と蔑まれながら、それにもめげずに成長を続け、バブル好景気には必死でイメージ払しょくの努力をした成果もあり、メーカーだけでなくゲーセンの運営会社まで上場会社が出てきてやっと市民権を得たのも束の間、バブルの清算期に倒産が相次ぎ、世界的スタンダードではあるもののヤクザな弱肉強食の世界として再び悪しきイメージがついてしまっていました。
しかしながら不謹慎ではありましたが、私はゲーム業界で長年企業倒産に関わった者として、「消滅してしまったら社会的影響が強い」企業のみが申請でき、再生型法的整理の中でも最もランクが高く司法の介入と強制力が強く、それだけ適用されるハードルも極めて高い「会社更生法」というものの適用が申立てできる企業が出てきた、ということはゲーム業界の社会的地位が確実に高くなっている事を表し、まさに感無量と思える出来事でもあったのでした。
(②へつづく)