私 :「社長、突然の事でお気持ちは察しますが、お気を確かに持ってくださいね。」
A氏:「なにが無いか分からんのよ・・・。それに、おれはどーせ刑務所に行かんといかんのよ。」
私 :「どういうことですか?」
A氏:「(会社を)上場させたやろ?そいで株主や利害関係者に多大な迷惑をかけてしもうた。検察か
らも話を聞きたいと連絡が来とってね。弁護士に聞いたら、会社更生が受理されたら、逮捕
されるかもしれん言うのよ。」
私 :「あー、明らかな詐害行為や会社を倒産させたことが代表権の濫用によるものとか、大株主とし
て特権を悪用していた、とかあるかもしれないというやつでしょうか?」
A氏:「わからんが、そんなんやろうね。一生懸命やってきたからなんも憶えとらんし、決算書や証券
の事も最近は勉強しとらん。でも覚悟しとうとよ。責任は取るつもりだから。」
私は今回、申立の受理の確認もできていませんし、はなから日帰りの予定だったので「また数日後に顔を出す」と告げてA社の社屋を出ようと秘書室の応接用ソファーを立ち上がったとき、隣の社長室から長身で細身の紳士がでてきて
紳士:「どうしたんですか?何をしゃべっているんですか?Aさん、いけませんよ。どなた?」
A氏:「あぁーお伝えし忘れとりました、この人は筆頭債権者になる会社の人です。」
紳士:「そんな人を会社に入れちゃいけませんよ。」
A氏:「長い付き合いなもんで、必ず支援してくれると信じてるし、倒産の専門部署の人で再生支援もしてくれるとです。」
紳士:「そうですか・・・。」
A氏:「先生のいる社長室に入っても良かですかね?」
紳士:「どうぞ」
A氏に紹介された私が名刺をお渡しするとお返しの名刺は“A社保全管理人”とあり、添えて弁護士Eと書かれていました。
どうやら地元で権威のある先生の様でした。
私 :「お珍しいですね、保全管理人の先生がいらっしゃるなんて。」
E氏:「この地域じゃ珍しいもなんも、なんたってこの県で数社しかない上場企業のうち一社が倒産し
たんですから。弁護士も経験者がそうそういなくて私に依頼が回ってきたとですよ。」
私 :「地元の先生ですか?」
E氏:「そうです。以前この地にあった大型リゾート施設の会社更生に関わった事がありましてね。」
私 :「あー、あの事件の?すごいですね。」
改めて私の名刺を見返したE先生は、無表情のまま
E氏:「私は、あの時の記憶から御社には良い感情を持っとらんとです。でもあなたの社長との接し方
や会話、態度、今の御社の状況を確認するに不正と言える詐害行為の恐れは少ないと思い、今
回の面談は許可しましょう。
しかし会社更生で被害は甚大ですから銀行などの金融機関をはじめ、同業他社も含め債権者も
数多くいます。
なので私の許可なくして会わないで頂きたい。
まずは無いと思いますが、万が一自社だけに優位な回収行為を行っているのを発見したら、場
合によっては告発しますから・・・それから受理され次第、私は更生管財人になります。以後
よろしく。」
E先生と出会ったのは、その時が初めてでした。そしてこれが5年以上に及ぶ会社更生手続上の債権者と更生管財人として長いお付き合いの最初になるとも思っていませんでした。
帰りの空港のロビーにあったテレビに、地元のニュース番組として当時有名タレントでもあった地元県知事さんが定例記者会見を開き、その中でA社の倒産についてコメントを述べられておりました。
A社の運営しているジムや温浴施設などよく利用されていたという事で、地元では大きな事件として扱われ、残念な声と再生して欲しいという声が多く取り上げられ、それらからしてA社の地元貢献度の高さを改めて認識する次第でした。
私はちっぽけでしがないサラリーマンでしたが「自分も何か力になれないかな?ならなければいけないのでは?」と、西日の逆行で黒く影絵のように並び立つフェニックスの木々の向こう側に沈みゆく夕日を見て黄昏感を感じながら思い、同時にそんな無力な自分がどうすれば役に立てるのか思考をめぐらすも、やっぱりなんらイメージが沸かない状況にいっそう情け無くなりながら、気を取り直して精神をリセットすべく、そそくさと飛行機のタラップに乗り込み平和な我が家へ向かって帰路に立つしかなかったのを記憶しております。
深夜に帰宅し、翌日出社するとなんだか雰囲気が変わっている事に気づきました。
すぐに常務の部屋に呼ばれ、再生型法的整理の形態から会社更生について説明を求められ、少額債権の扱いや定額課金債権、売上金を按分する共益債権などについて大半は弁済される見通しだと報告したのですが、そして肝心な事として当社の2億円以上の事業会社としてダントツ筆頭額であった不良債権はどうなるのか?という事を聞かれました。
私は、あまり現場を安心させたくないので与信管理者としては最後の最後まで口にしたくなかったのですが、どこかの誰かが経営陣の前で言ちゃったのだと思います。
「これは全額保全されている」と。
常務はその言葉を私の口から直接聞きたいという顔で「それでウチの債権はどうなる?」とあらためて聞いてきました。
経営陣から見たら、それは切実なものだったと思います。
2億円以上もの不良債権は、いわゆる真水と言われる最終利益(純利益)でありキャッシュです。
営業は売上を上げてなんぼですが、最終利益として2億円以上が回収不能となった場合、まずは売り上げで取戻そうと思うと利益から割り戻さなくてはなりません。
仮に最終利益率が1%の会社だったなら2億円を1%で割戻すと200億円以上の売上を新たに作らなければなりません。
これが期末でしたら絶望的です。
売上200億円の会社なら、何もやってなかったことになります。
そして資金繰りにも響きます。
借入余力がなく自己調達(担保資産や信用ある売掛先への債権資産に価値や余裕がないため銀行借入などに頼れず、自己利益を出して投資資金をやり繰りするしかないやりかた)しかできない会社の財務担当者だったらどこかに消えてしまいたくなる出来事だったでしょう。
たとえ資金繰りに余裕のある企業の担当者だったとしても財務をやっている限り明日は我が身と逃げ出したくなるほどの金額だったと思います。
財務の資金繰担当者にとって突然の貸倒や不良債権は最悪の精神的な害をなす悪魔です。
しかし、もったいぶっていると思われたくも無かったので、私はこう言い返しました。
(③につづく)