私は、当社の諸先輩方が、A社を年間十数億円もの取引先に成長させるまで、株を持合いし、上場を支援し、リスクを背負って取組んできた努力を無駄にしたくはありませんでした。
常務は、保全が効いている事が分かってから「店舗が生きていれば変わりの経営はなんとでもなる」と強気になっていましたが、その発言は内部の政敵に対する発信であって、実際そうはならないのはご存じだったはずです。
倒産と同時に、資金は裁判所の管理下に置かれ、再生を懸念するネガティヴな風評が起こり、設備投資も更生計画が認可されるまでは大半ストップするので、当然に取引高は激落ちします。
そうしますと常連のお客さん(ゲームのプレイヤー)も離れて行き、よほどでないと戻ってこなくなります。
そう、二度と活力は最盛期の状態には戻らないと言って過言ではないのです。
更生計画がまとまって再生に向け軌道に乗ったとしても、お客さんはいったん通いづらくなった店からは足が遠のいてしまうので、当社側もA社(または新会社)に対する売上が即時に戻ることなど叶わないのです。
ましてや、会社更生がうまくいかなかった場合は即破産へ移行せざるを得なくなります。
そうなるとせっかく支援しても、また貸倒れるという二次被害的間抜けな結果も孕んでしまいます。
まさに盗人に追い銭となる可能性もあるのです。
だからこそ、普段から与信管理と言う機能を駆使してしっかりと保全し、倒産後も成り行きを見据えられる様にしていたのです。
見据えられる様にするということ、それは、あえて社内で問題にならない程度の債権を残しておくという事です。
債権を残しておけば「あの会社がA社に貸倒が無いなんておかしい。事前に手を握り他の債権者を欺いて回収したんじゃないの?計画倒産じゃないの?グルだったでしょ?」と疑う他の債権者の発言も抑えられます。
私の目指す与信管理は、「常時調査し、評価・審査し、保全して、でも倒産した時には貸倒を作って再生に関わり、計画の認可に必要な味方になる債権者の一人として清き賛成票を投じ、そして再生した暁には感謝してもらい、より一層親密な取引になり相互繁栄すること」でした。
しかし「騙された!」と騒ぐ人は論外ですが、どんなに信頼できる取引先でも味方をするからとて100%大丈夫な「真実の情報」をくれるという保証はありません。
そのため、先方がこちらに真実を告げず最悪なこと(倒産)が起こっても良い様に、自力で納得感を持てる情報収集を行い、あらかじめの対処をしておく必要があるのです。
企業の営みは所詮、人間同士の成す事なので、出てくる情報にはたくさんの欺瞞があります。
私は「人の心は弱いものだから、特に追い詰められたら嘘をつき、ごまかすもの」と割切るべきだと説いてきました。
そして「あれだけ信じていたのに」と倒産先をなじる者に限って目先の人情を優先して与信が甘くなる、そういう人たちこそ「うわべだけの付き合いだ」とも言ってきました。
相手が上場していようが、信用調査会社の評価が高かろうが、取引実績や決算アラーム分析の結果が良かろうが、信用すればするほど有事に備えておくことが大事なのです。
それが個人とは違う法人対法人の信用の在り方と思うのです。
そして社内に違う考え方の仲間がいても、共有言語となる指標を駆使しリスクを認識しあっておくのです。
私の場合、その指標は部下が社内や系列グループの仲間たちに共有してくれていましたので、私は総合的な、特に定量化できない複雑な定性部分の判断仕事に取組むことができていました。
その結果、有事には「(組織として)怒らず許す体制」を作り、チームとして取引先の復活の支援が出来る様にする。
それが当社に対する市場の求心力を得る事だとも信じていました。
私は与信管理実務者として、A氏の性格とリーダーシップには良い面も多々ありながら、悪い面も多々あり、それら定性情報を整理し最悪に備えておりました。
A社は上場したわけですから本来、個人企業ではなくなっているはずですが、あまりにも個性の強い創業者だったので、企業風土は個人・同族会社のままであることは誰もがわかっていました。
でも新規上場企業ですから、財務会計の実務など、優秀なプロ的人材がたくさん入社されました。
市場は、その結果A氏の悪い影響力が薄まることを期待したことでしょう。
でもそんな期待を裏腹にA氏の強烈な個性は勢いを増し独善的な考えの押付けや、より忖度を生み、それを進めんがためにまた、がなり立て、パワハラを横行させ、優秀な部下たちをも委縮させてしまう雰囲気を作り出してしまっていたこと、営業からの報告でわかっていました。
つまり私は優秀な人材らが、より精巧な欺瞞を市場に対して生成する懸念を強く抱いていたのです。
そしてA社はさらに成長を続け、いろいろな利害関係者も増え、旨味を求めて金融機関も大勢押し寄せ、銀行などからの出向を受入れ、内部でそれぞれの駆引きやパワーゲームも見られ始めたのでした。
創業当時から支えてきた取引先や金融機関にとっては面白くなかったことでしょう。
一流大手からの出向者が闊歩して、昔からA氏に怒鳴られながらも我慢して支えてきた人たちは理由も無く小さくなっていった事でしょう。
これらは信用調査や決算書ばかり見ていても察知できない部分です。
A氏の怖いキャラ、気に入られたいという頭のいい中途入社と生抜き社員のパワーゲーム、上場後には外の世界そっちのけで、パラレルワールドの様に目に見えぬ別の戦いが起きていたのだと思います。
そういう情報の確信を得るために営業マンなどは社内に入り込み入手できる様にしておくべきだと考えるのです。
機械学習した精巧なAIがあっても、SNSなどインターネット上に明確な書込がないとこの様な事象に対する洞察と判断は難しいものかと思います。
これら目に見えない負の企業文化のしわ寄せが、じわじわと侵食し、気が付いたときには取返しの効かない段階になっていたことは想像できるのでした。
つまりそうさせるのは、要職者の個人感情やプライド、私欲、それに伴う人間関係など目に見えないものが作用するからだと考えます。
これが企業のブラックマター、いわゆる暗黒物質だと考えるのです。
そうなると、企業の災厄はすべてが人災だと言えるのではないでしょうか。
いつでも最悪の事態になっても良い様に与信管理の技能を用いて備えていた私は、債権者として被害額を想定のうえ保全していて、株主としての被害も社内で処理できていた事で、当社に会社として「許す」意思決定を導き、最盛時のレベルには戻らないとしても、将来の取引再開したときの利益に期待し、再生に参加する意思決定も得る事が出来ていたのでした。
そしてのその次にA社の再生に資する当社の出来る事は何か?
考えに考えて一つの可能性を絞り出したのでした。
当社のA社担当者であったK君は、自分の一番の大口顧客が倒産したため途方に暮れていました。
大口取引先が倒産し、取引が無くなったからと言って、彼に課せられたノルマが減額される事はありません。債権は保全されていたとなれば、上層部の関心も薄れ、彼への心のケアなどほったらかしになっていました。それどころか「与信管理のおかげで助かったが、事が起きたのはあいつのせい」と人事処分の対象としてすべての責任を背負わされる雰囲気になっておりました。
こういう空気がはびこり、孤独にさいなまれ、将来のキャリアを諦めて会社を去って行った先輩や同僚を何人も見てきました。
だからこそ、与信管理を駆使し債権を保全していた事で、辞めなくてもリベンジできる環境を作ったつもりでした。
その結果、管理職になる人たちは、貸倒という負の経験も積んで、部下の痛みを理解できる良い上司になっていくと信じていました。
K君もそんな上司になってくれることを願っていたのですが・・・。
ただ、この取引先A社の倒産劇は大きすぎました。
債権を保全しても、その後の取引激減の被害も大きかったのです。そのほか、出資や関係先への影響も処理できていたとはいえ甚大でしたうえ、なによりもA社に販売するはずだった商品が大量に在庫となってしまい、営業部門で誰かが責任を負わされる雰囲気になってしまっていたのです。
彼を守ってあげる方法はないものか・・・そんな失意のどん底に居たK君に私は尋ねました。
私 :「A社に売り損ねた主要な商品はどのくらいあるの?」
K君:「たくさんありますが、インパクトあったのは大型のサッカーシミュレーションゲームで約4億円分ですね。」
私 :「売価で売ることはもう難しくなったね。他の取引先に売るにも市場の許容の目いっぱい分生産しているのでみんなお腹いっぱいで無理だろうしね。」
K君:「どうしたらいいんでしょう・・・。」
私 :「せめて簿価で出荷できるようにしてみようか。儲けは無くなるうえ出荷コストや君の人件費はすべて赤字だが、このまま不良在庫となったら貸倒とおんなじだ。次期にバージョンアップして売る方法もあるだろうけど、タイトル自身が経年陳腐化となる可能性もあり売りにくくなる可能性もあったり、会計的にも在庫の償却を強いられて損失が出るのはわかり切っている事だし、A社が倒産後も店舗で使用してくれれば再生後に次期バージョンアップキットも買ってもらえるかもしれない。」
そうして、私はまず経理部門や法務部門の確認、外部の顧問弁護士への相談を持ち掛けたところ理解を得て、社内の要職の方々への説明も経て、この仮説は理論上実現可能である事を確認でき、稟議申請の結果、ひとまずグループでの決裁を得る事に成功したのでした。
回付先の役員の方々の中には「そんなことできんの?」って半分感心し半分疑う人もいました。
また、それを聞いたメインバンク系の上層の方も「これ成功したら新聞に載せてもらったほうがいいね。」とまで言ってくれる人もありました。
その策と言うのは、大型サッカーゲームを製造コストを額面とした“株券”にし、A社へ「現物出資」を行うという提案でした。
(⑨へつづく)