「倒産した会社に再度与信枠を付与して掛売を行い、再生を支援する!!」
とは言ってみたものの長年、保全として保険保証に頼りっきりだったので後ろ盾のない裸与信を設定するのには、不安が無いわけではありませんでした。
E先生が持ってこられたA社の資金繰表には、未来半年の毎月の折返しが次第に赤から黒に変わってきているのはわかりますし、それを裁判所がお墨付きを与えているので信用していいはずですが、達成される保証はどこにもありません。
私の精神状態は、この会社の先行きは、裁判官や弁護士である管財人よりも、同業であり長い付き合いのある当社、そしてそこの与信を専門に担当する私自身が一番わかるはず、と言われても過言ではなく、その私が枠を設定するという事はこの会社の将来を決めてしまう・・・「いやいや、自意識過剰も甚だしい」そんな器でないし、そこまで考える必要は無く「ドライに当社の都合で決めてしまえばいい」の相反する両者がせめぎ合う葛藤を抱きながら、いろいろ思案する状況になっておりました。
また大きなマクロ景気の変動にも左右されますし、天変地異が起こるとも限りません。
時の運と言うのもあります。
十分な思考をせずに「ここはエイヤっと行こうかっ!?」と言うわけにもいきません。
彼らの「収入」「支出」を見て、支出の中の仕入債務やその他の部分から、この中に自社がどの程度関わっているか、現状はすべての取引が前金になっているので、その中で当社分が掛売になったら、彼らの買掛債務は、現金を支出するタイミングがずれる事で再生に資する部分に投じれる機会が・・・果たして生まれるのか・・・。
少なくとも最大の仕入先への支払負担が減れば、彼らは楽になります。
目に見えぬ活力は上昇する。
ただ、その資金が我々の意図しない好まざる相手(R社やその他のライバル会社)の商品の仕入れに使われ、本来当社に使われるべき資金が減ってしまったら本末転倒。
とはいえ、当社の商品でなくとも良いものを仕入れればA社の活力は増す、でも「太っ腹」とか「男気厚い」とか「みんなが尊敬するよ」とか根拠のない称賛を得るための、リスクを負うだけの犠牲的与信は、思考停止して独裁経営者にへつらった設定(天の声与信)と全く変わらず意味がない。
必ず当社にもメリットが無いと・・・等々自問自答を繰り返し、部下に命じては資料を作ってもらいました。
そういえばあの頃は、自分の目標を適えたいばっかりで、またA社の生命線を握る事で自身へのプレッシャーでいっぱいいっぱいだったので、部下への感謝の気持ちを持つ余裕が全くありませんでした。
部下もサラリーマン気質で「指示されたので」で「言う事成す事他人事」、そんなキャラがますます私をイライラさせたのでしたが、今となれば、私が私の考えをしっかりと話して伝えるスキルが備わっていれば、もっと良い資料を作成してくれたであろうと思いますし、他に私を支えてくれていた女性部下からも彼に対して私に「彼はいいところを褒めてあげて、伸ばしてください」と諫言してくれたにも拘らず、ダメ出しばかりをしてしまいました。
彼が作ってくれたパワポの資料はどんなものであったか内容について詳細は覚えておりませんが、実に精巧なものであった記憶です。A社の倒産原因から、現在の資金繰状況、店舗の実績や今後の活力を考慮すれば管財人が示した資金繰計画は達成可能だとする、実に説得度の高いものでした。
私のむちゃぶりな指示によく着いてきてくれたと思います。
とは言え彼の作る資料は、示されたシナリオのゴールに「仰せのままに」という作り方だったので「お前はどう思うんだ」と問うと「私は・・・まあ、どっちでもいいんですけど」ってな答えが返ってくるので、ついついムカムカッとしてしまい、ありがとうの一言も言ったかどうかわからなくなっていました。
この手の人はどこにでもいるので、うまく使うというのが良いのでしょうが、毎日顔を合わせるとそうもいかず、扱うに難易度の高い部下であった事は確かでした。
さて彼の示したパワポは、非常に成功にできていたと申上げましたが、私が多少肉付けしても難しい与信管理の理論を理解したこともない管理系役員の方々の心を動かすには至らなかったと思います。
でも管理系役員自身はサラリーマン気質なのにその場の「空気」を読んでシナリオを進めることに、「内容に納得しないから」と言って体を張って反対する理由はなく、自分に災難が降りかかる事は無いと周辺を見定めるや即「Ok」となりました。
まずは自分の上長ラインはOk。
役員会においても、「まあ筆頭債権者から少額債権者にまで被害を削減し、当社を救ってくれたんだから再与信して再びリスクを負うって言っても裁判所も味方だし良いんじゃないの?とっくに終わった事を蒸し返される様で不安はあるけど、彼らを信用して任せておけば大丈夫でしょ?」
取締役会ボードメンバーから心の声が聞こえてくるのを感じました。
机上の資料には、A社の過去の実績や将来の予想が、数字やいろんな経営ロジックを混ぜたものが乗っかっていましたが、これらが不安を100%無くすことは無理なので、議論を重ねていくとやっぱり最後は「エイヤっ」ということになるのが見えてきました。
でも最初から勘や根拠のない精神論だけで「エイヤっ」に走るよりも、十二分に科学的、数学的ロジックで突き詰め、確実に排除できるリスクは排除して限りになくリスクを0%に近づける努力をして「これだけ詰めたんだからしょうがないよね」とさわやかに言えるまでになれば、それでいいかな?と私は思うのでした。
またこの分野は管理や経理、会計系の特に数字に強い役員の方々(特に銀行やコンサル出身系)は、リスクが0%にならないと精神的に参ってしまうくらい真理が見えない分野なので、費用増加や設備投資などに対して普段は声高に反対するのに、今回はスルーするのが見えておりました。
かくして、最後は社長のとりまとめ(≒ご判断)ということになりますが、私にとっては素晴らしい言葉が発信されました。
社長:「やっぱり最後、直感だな・・・。」
この発言に役員会議室にざわつく空気が漂いましたが、直感が機能するには、理論、経験、知見等々数限りなく出し切ったとしても、与信リスクと言う不安は埋まるものではない。
この手の直感は、与信管理の実務者が持っている。
この能力は余人をもって代えがたいもので、海外企業を含め大手には必ずいる。有名企業を渡り歩いた自分は何人も会ってきた。
自分は経営者として彼らのことを心底理解できているわけではないが、その者たちが存在するのは間違いなく、そんな専門家の彼らが「これで行きたい」と言うのだったら、経営者はそれを四の五の言わず信用するべきであろう。
それが優れた判断力を持つ経営者の直感だろう。
発生度は数年に1度、数パーセントの確率しかないものだが、一度被ってしまうと取り返すのに相当な労力が掛かるのが与信リスクであるが、司法判断も含め社会的意義や諸事情を踏まえると今回否決するのは得策ではない。
今回ここは、信用を管理する彼らの部門を信用すべきであろう。
私には、とてもありがたい言葉だと感じました。
この発言には、経営者としての覚悟が伺えるものでした。社内政治的な風向きなども読んだのでしょうが、社内いや、グループ内で孤立しがちな与信管理実務者の立場を引き立てて頂くに十分な発信でありました。
バブル清算末期、それまで倒産しないと言われてきた大手都市銀行や大手商社の倒産が普通になってしまった時代に、当社も大口の倒産被害に遭ったことから債権回収要員として出向先から戻してもらった自分のキャリアでしたから、そのとき「この会社が倒産した時はそれまでよ」とさわやかにあきらめようと思ったものでした。
この時の上位経営陣は、その時代の事も良く知っていて管理経理系の役員も同様で、みなその様な事になったらあきらめざるを得ないという覚悟は心のどこかにあったと思います。
オーナーも倒産の危機を何度も乗り越えた叩き上げでしたから、終始黙っておられましたが同じお考えであったと思います。
なので、それを事前に回避する能力を持つ与信管理者は、とても希少な能力を身に着けた存在であったと思います。
自分も試行錯誤して勝ちパターンを編み出しましたが、その時代が育ててくれたのだと疑いないところでした。
しかしこれらは単なる勘だけの世界ではなく、数字に加え経験そして何と言ってもそれに支えられた勇気が必要な業務であることを、「直感」という言葉で言い表し、トップ自らが皆に示してくれた瞬間だったのでした。
会議の中には、ダブルバインドで本音は自分の事しか考えない人もいましたが、こういう人ほど勝ち馬に乗るのがうまく皆、この経営判断に称賛を述べるコメントを発信していました。
でも、なにもわかっちゃいないのです。
でも、そういう者でも手段関係なく味方につけるのが民主主義の多数決論なんでしょうか、つくづく政治的なハードルを乗り越えて思いを達成するのは難しいものだと思うのでした。
誰と誰が、潮目が変わると手のひらを反すのか、実直で裏切らないヤツなのか、やはり場数をこなしてないと分からないもので、この社長がいなくなったら与信管理はどうなるのかな?と不安も感じるところでもありました。
さてそうなると、あとは「action」です。
グループ内では、ブチブチと私へ暗にプレッシャーをかけてくる人もいました。
やたら飲みや食事に誘ってきて、いろいろ探ろうとする人も出てきました。
ある時には情報漏洩をでっちあげ、私にその疑いが行くような空気(風評)を流す者もいました。
私の言う事を聞かず貸倒れてしまい、それが原因で辞めるはめになった者で「あなたの世界で生きて行ってください」と嫌味の言葉を残して去って行く者もいました。
あの出来事のあとはグループ内でいろんな環境にある人々が、ひとりの与信管理実務者に対しいろんな思惑を抱き、あるものは自身の保身に厄介なのもとみなしたり、利用できるか探ってきたり、目の上のたん瘤になり得るとして今のうちに足を引っ張っておこうとか出る杭を打っておこうという動きをいっそう見せる様になりました。
私としては、物事の動きを阻害するそれら暗黒物質の源を、敢えて気にすることはせず、代表があそこまで言ってくれたので純に頑張らねばと思い再びA社に貸倒れる様な事があれば全責任は自分が持ち「そうなればさわやかに散っていこう」と思いを新たにし、バブル清算時代の事を思い浮かべ、現物株などの失策で気力を失いかけた自分を再び奮い立たせ、行動するきっかけとなったのでした。
再設定する与信額は「1億円!」
私は決裁を受けた、A社に再設定する与信枠を関係者らに達し致しました。
経緯を分からない人は「ずいぶんと高額だ」とか「腐っても鯛なんだね」とか言ってきました。
これは与信枠と言っても、ただのリスクを抑える枠ではなく、リスクを抑えながらも再生に資する、自社の収入減少リスクをも抑える枠であったのでした。
私が長年考えていたことでありますが、ようやく社内で実践できるチャンスが到来したのでした。
(⑭へつづく)