倒産列伝016~馬を買ったと思えばいいよ②

倒産列伝

 H社と言えば、木馬業界の中では老舗中の老舗でしたが、遊園地や最近では繁華街の観光スポットなどに建設される大型のジェットコースターや観覧車の製造は生業としていなかったので、会社規模で言うと中堅といえる企業でした。

 しかし聞かされて驚くのですが、誰もが知っている国産軽自動車四駆のあのブランドは、同社が開発し同社のものであったというのは知る人ぞ知る有名な話で、かつて自動車を開発生産し世界中に軽3輪トラックを輸出していたのだそうで、なかでも東南アジアの某国々では伝統的な観光客の送迎用オート3輪モデルの一つとして今でも活躍しています。

 その頃に、こういう後進の国々のニーズを反映し、軽自動車ながら4輪駆動の小型自動車の開発に目を付けたのだそうで、市場に出れば大ヒット間違いなしだったらしいのですが、いかんせん中小企業ながらの資金不足から、これまた誰もがご存じの、あの大手自動車メーカーにそっくり売却してしまったのだそうです。

 いまでは大手メーカーの代表的ブランドとしてシリーズ化され、押しも押されぬ我が国を代表する軽四駆として国内外の若者に支持され活躍しているのを見ると残念な話ともいえます。

 

 そうは言っても背に腹は代えられなかったそうなのですが、彼らはその開発技術を盾に、世界中の人々が集まるあのテーマパークのアトラクションの中でお客さんを運ぶ乗物(以下ライド)や遊園地に来たお客さんらが室内で運転してコースを競い合ったり、100㎡ほどの室内空間でぶつけ合う電動カート(ダッツェムカー)の製造販売やメンテナンスを請負い、特に乗物のガワにあたるFRPの製造を得意とし収入を得るようになったのでした。

 エンジン式のゴーカートに代わり、排気ガスを出さないエコで室内でも安心の電動カートが主流となってきて、あの熊のキャラクターで有名な、はちみつのとれる切り株を模したライドカートなどは、施設の床に敷き詰められたフェルト製の絨毯の下に鉄線を忍ばせ、あたかも電線やレールが無くても駆動する電動ライドカートとして動きも速く、たいへん好評を得ておりました。

 私もプライベートでそのテーマパークを訪れて乗った時にはびっくりしたほどです。

 電動カートの加速力のすごさと機敏で自在な動きが可能な事を知ったのはこの時でした。

 まさに時代の流れを掴んでいたかのようでした(実際は偶然だったとの事)。

 まあそういう歴史的にも技術的にも貴重な会社だったので、脆弱ながらも金融機関が見放すはずはなく「そう簡単につぶされない」と私自身、無責任に思っていたわけで、営業がドライに「既にH社とは距離を置いたし、そもそも取引的には“無い”と言っても過言ではない小さい額だから与信的には枠を減額しておいて問題ないので大丈夫」と返答を受けた際に「あっそう」と、さらっと都合よく流す程度の話題で終わっていたのでした。

 そんなある日の午後、営業部門、業務用事業のトップにあたる役員の秘書から私宛に連絡が入りました。

 「常務がお呼びです。内容について言ってくれないので、直接部屋に来ていただけますか?」

 私は「はあ」と応え「またなんか、信用不安先に逆張りの売込みをしたいだとか、債権回収がらみで困った事があるだとか、人に聞かれちゃ都合の悪い相談事かな?」と迷惑に思いながらも私の与信管理の考え方を信用してくださっている方なので訝しくもおもしろそうだし、ついつい足が向かってしまうのでした。

 社屋の最上階の役付役員の部屋があるフロアに顔を出すと秘書がカメラで見ているのか、何も言わないのに電動ロックが解除され中に入る様に指示されました。

 そこには役付き役員専用の黒塗りの高級応接セットがあり、そこに1分ほど座って待っていましたら、また秘書の人が来てこちらへと常務の部屋に通されたのでした。

私 :「おひさしぶりですね。何かあったんでしょうか?」

 常務と話すのは、数カ月ぶりでした。

 私を呼ぶ直近までなにか真剣な考え事をしていたようでした。

 彼は顔を上げないまま

常務:「う~ん・・・。」

私 :「ど、どうしたんですかね?浮かない顔して・・・。」

常務:「お前、決算分析できるよな?」

私 :「そりゃ長年、与信管理やってますからできますけど。」

常務:「なら、この資料を全部やるからお前、分かり易く分析してくれないか?」

 指さした常務の足元には、デパートの手提げバッグにぱんぱんに詰まった書類がおかれていました。

私 :「これ?」

 常務は顔を上げて

常務:「うん・・・それでね、条件があるんだよ」

私 :「は?」

常務:「誰にも、この件は社内で言わないで欲しいんだ。」

私 :「こんな大量の資料を私一人で分析しろと?」

常務:「まあ、そうだ」

私 :「いま、私の部下たちは一年で最も忙しい時期ですから、手伝ってくれることは無いと思いますけど、それにしても資料が多い。」

常務:「側近には言っといていいけど、口止めしておいてくれ。」

私 :「どういうことです?」

常務:「実は、これオーナー案件なんだ。」

私 :「なら、ご自分の側近部隊にいる超エリート企画室にやらせればいいのでは?」

常務:「彼らは忙しいんだ。」

私 :「こっちだって忙しいんですよ!!」

 私が若干キレ気味に語気を強めたところ

常務:「いや悪いっ、彼らじゃアテにならないんだ。お前じゃなきゃヤバいんだよ。」

 都合よく利用されているようで、常務役員室にしっぽを振りながら来たことを後悔しました。

私 :「で、なんですかこれ?」

常務:「詳しくは、誰もいないところで見て欲しいが、お前H社をしっているよな?」

私 :「当然ですが、最近アラームの発信をしたところでもありますが。」

常務:「さすが与信だな、早い。その件でオーナーが直々にこの資料を俺に渡してきたんだよ。」

私 :「そんなこともあるんですねって?ひょっとして・・・」

常務:「そうだ」

 常務に内情を伺いましたところ、どうやらH社のO社長が当社グループオーナーのところを訪ねてきて、経営難なので助けて欲しいと縋ったらしいのです。

 オーナーは、一通りの説明を受けて「検討する」と帰ってもらったらしいのですが、側近たちに見せず常務を呼びつけたそうで、その際「見ておけ」と賜ったらしいのです。

 当グループのオーナーであるSh氏は、見た目は前述のとおり燻の極みオーラを放ち、一流の高級品を身にまとい、世間では我が国を代表する大富豪の称号を得ているお方でした。

 ご自分の専用車だけでも1台数千万円はする超高級車を何台も持っていて、専任の運転手を何人も抱えていました。

 営業と現場に同行するため営業車に乗ろうと当社地下駐車場に行くと、最新の高級車が納車された際の駐車場では運転手らが新車を囲みミーティングを行っているのをよく見たものです。

 新聞や雑誌などでも大富豪としてよく取り上げられ、ご子息もご令嬢らも当社に関わるお仕事をしていて、まさに当グループではロイヤルファミリーと言える存在でありました。

 この方が当社のオーナーになったのは、バブルの清算後に当社を立て直すため多くの財産を相続してくれた前オーナーが亡くなってから、皆で頑張って地に落ちた信用を回復すべく自立再生の道がようやく開けてきたタイミングで、企業価値が上がって株価に割安感が出始めたその時でした。

 誰もが驚くべき別事業の大ヒット商品を世に出し、大もうけした彼の会社は急成長し、収益では当社を超えて十分な買収資金を調達できる様になっていて、また名だたる一流の買収ブレーンを従える様になっていました。

 当時それでも業界トップの当社は、もともとSh氏率いる企業グループは大いに格下でしたし、企業規模も資産も最盛期の彼の会社よりずっと大きかったので、世間は成り上がりの買収劇としてメディアで大きく取り扱われたのでした。

 実は、Sh氏率いるグループは当社が絶頂期であったころに経営難に陥っていて、当社の前オーナーが買収を前提に水面下で経営支援を行っていた過去があり、ドラマチックな記事に仕立てたい週刊誌などでは、その時の逆襲だとも言われたほどでした。

常務:「まっ、とにかく分析して惨状を正確にオーナーに知らせて、こりゃダメだって思わせればいいんだよ。お互い忙しいし、ちゃっちゃと終わらせようぜ。」

私 :「はぁ・・・。」

 例の重たい紙袋をもって、気も重くトボトボと自分のオフィスに戻り机の下に隠したのでした。

 あれから数日たって、ゆっくりと時間のある時にマイペースで分析していたのですが、突然に常務から直々に私の携帯に電話があって

常務:「やばいよっ、あの頼んどいた分析ってできているか?」

私 :「まだ全然ですよ、まぁぼちぼちで途中も良いところですが」

常務:「オーナーがその結果を見たいので、来週までに仕上げて説明に来いって言うんだよ!!」

私 :「はあ?・・・・えーーーっ?」

(馬を買ったと思えばいいよ③へつづく)