倒産列伝016~馬を買ったと思えばいいよ③

倒産列伝

 私はひとり社内の会議室で紙の山に埋もれながら、H社から提出された資料をひとつひとつ読み込み、それを分析しておりました。

 H社の歴史、財務バランスの推移、収益の推移、人員の推移等々、そして彼らに起きた出来事について時系列で変化を見抜けるようにまとめあげていきます。

 気づいたことについては仮説を立て、その前後に起きたことはなにか確認し、小さなことでもメモにとって確定的な情報が見つかれば、H社に与えた影響を解説できる様にわかりやすいグラフなどにビジュアル化し成果物のパーツとしておいて置き、それらは最後に全体を俯瞰したときにそれぞれの相関性を見出せるようにしておく、というのが私のやり方でした。

 決算書の数字の変化には必ずと言っていいほど、その裏付けになった人の行動がある。

 その考えに基づいて数字の動きを実務に照らし、そして洞察し社内でその動きに詳しい人物にヒアリングしてみる。

 そこから仮説を立てて、今度は裏付を取るため取引先に営業と同行のうえ直接ヒアリングを行う。

 私の目指していた与信管理実務における直接調査の手法でした。

 そのプロセスを如何に短時間で効率的にやりこなすか・・・など課題はいくつもありました。

 このやり方を揶揄し「相変わらず古くベタな方法でやってますね」と最新の与信管理手法の売込みに乗ってこず関連商品を導入しようとしない私にイラ立つのでしょう、非難風に茶化してくる大手金融系営業マンもいました。

 また、わかりやすい結論だけ欲しがる方々には、「そんなことでは遅いっ」と言われそうでしたが、一企業の生い立ちは自社の歴史と同じくらい長く深い物であり、それを端的に端折って示すのはH社に失礼でもあり、どんな些末な出来事でも取りこぼさずに突き止めるのが与信管理実務者として大事なことと信じておりました。

 かつて同席した方々の中で上層の方々の期待する結論を忖度し、いい加減な情報と推測で有望な取引先を落とし込める人がいました。

「自身の出世が目的」で「真実はどうであれ早く面倒な案件から解放されたい」等の逃げる気持ちだったかも分かりませんが、そんな連中を内心軽蔑したものでした。

 しかも、そういう連中に限って私が仮説を披露した時に、自分に都合が悪いとその仮説がどういう過程で唱えているのかも確認せず「妄想だ」などと決めつけ、いい加減な推測だけで楽観的意見を唱え経営に間違った方向に正しい判断をさせ、現場を落とし込める中間管理職もいました。

 そういうのは、私にとって最も嫌いな部類に値する者たちでありました。

 ちなみに余談ですが、叩上げかつ尊敬できた経営者の方々においては、彼らが直接私に対し分析を依頼してきても一切督促などして来ず、ジッと待っていてくれたものでした。

 さて私が常務より頂いた資料は、H社の過去10年分のものでありました。

 内容を前述のプロセスで分析しグラフにすると収益も総資産も右斜め45度的に下がったビジュアルで、特に先代が自動車事業や優良な多角経営で積み上げてきたものと軽四輪の開発とそれの事業売却などで得た巨額の現金遺産が、つるべ落としのごとくグラフに比例し残高が減っていく過程を示しているものでありました。

 「これだけの企業が10年で、こうも萎んでしまうものなのか?」

 と疑問を投げかけてしまう様な有様で、これまで誰もこの件に言及してこなかったのが不思議でならないビジュアルでありました。

 没落というものはこういうもの?・・・。

 特にずっと寄り添っていたはずのメインバンクとサブバンクには大いに疑問を持つところでした。

 調査会社の報告書によれば、支援的意向を続けている旨の記載があり、つまり資金繰支援をはじめ、前向き資金需要には親身になって応じているというとの事でした。

 私はその報告には、グラフから推測できる実態とは乖離しており違和感を覚えました。

 確かに当時、お上(行政)のスタンスは貸剥がしを禁じ、政治主導で中小企業の延命支援が唱えられていた時期でもありましたが、お上からの借金の元になっているバブルの負の遺産など片づけねばならず面従腹背を続けざるを追えない環境は理解できましたが、それにつけてもH社の「こんなあからさまな右肩下がりは無いだろう」と思える動きだったのでした。

 この動きの根拠を良く分析して、関係者にヒアリングしてみたい。

 私のモチベーションが激しく上昇した瞬間でした。

 その他にも怪しいと思える指標をグラフ化し、それらの根拠を抑えるべきと常務に報告したところ

常務:「オーナーに報告するまでに時間が無い、この内容だと先が見えて絶望的なので、まずは現況をご報告という事で資料を用意しよう。彼がどう判断するかは明らかだが、その結果をもってオーナーの意向を聞いてからH社のO社長を呼んでみる事にしよう。」

 ということになり、この発言に私は少しだけイラっとしましたが、オーナーへの報告を行うということは、常務までの間にも多くのサラリーマン重役がいるため、常務が社内政治的にご自分の地位を保つためにはこの連中にも、報告の内容について結論の落としどころをアピールし、味方にしておく必要があったことは仕方なく、私の気持ちも尊重された指示だったので、ひとまず言う事を聞くことにしたのでした。

 しかし、もっとイラっとしたのはオーナーに報告するのに時間が無いというはずなのに、たくさんいる重役にも事前の毒見ともいえる報告の場が設けられるというものでした。

 オーナーへの報告が翌日へと迫った午後の気だるいタイミングで、グループ頂点親会社の専務、CFO、当社親会社の会長、社長が集う場に、常務が私も呼び出し分析結果を発表しろというものでした。

(以降、皆さん役職のみの呼称と致します)

 この件は組織の中で生きるものとしては、これまた仕方のないことで「耐えるしかない」と自分に言い聞かせ臨んだものでした。

 一度引受けた事だし、ブチブチ言っても男らしくないという意地もありました。

 当社の会長室に、多くの企業を束ねるグループ頂点親会社の専務とCFOが同席され私を待ち構えておられました。

 整然と居並ぶ重鎮たちでありましたが、当社が買収されたときから私自身顔を知ってもらっていたのと与信のやり方も認めて頂いていたので安心感もあり、緊張する事もなく調べたことをあるがままにご報告したのでした。

 内容を聞いて、数秒間沈黙が続いたあと最初にCFOが言葉を発しました。

CFO:「オーナーは何故、こんな企業にカタを持つんですかね?」

 開口一番、企業ガバナンスを慮った言いぶりで周辺の重鎮たちに聞き正しました。

 不透明な関係が潜在していないかの確認であり他の役員への牽制も込められていたように思います。

 それでみんな一堂に「さあ~」と首をかしげます。

 オーナーのプライベートな面や業歴に詳しい役員も皆「さっぱりわからない」と言いました。

 専務:「H社の先代に昔なんらかお世話になったのでは?」

 常務:「彼とは当然に業界の組合などで知り合いだったはずだし、古き良き時代に鎬を削った事もあるだろうからそれなりの仲だった可能性はある。しかし会社としては取引は無いし、オーナーが苦しかったときにもH社の先代に助けてもらったという話は聞いた事は無いしなぁ~。」

 会長:「まっ、なんかの気まぐれでしょうよ。この状況を見たら“やめよう”となるでしょう!!」

 常務:「それでは、みなさんにご報告した内容で主な役員の意見は一致したという事で・・・お開きにしましょう。」

 常務がうまく30分程度でまとめ、切り上げてくれました。

 みなさん数百億円以上の事業や資金の管理を管掌する方々ですから、忙しい身ながらオーナーの同行は当然に気になる様でした。

 「さ、終わった終わった」とそそくさと退散し明日のオーナーへの報告に臨もうとしている常務と私を後ろから呼び止める声がありました。

 グループ頂点親会社の専務でした。

 専務:「今のうちに言っておくけど、この事は絶対に誰にも話さない事!!、いいか?グループ全体の士気やモラルにも関わってくる事だから、何につけても特命として秘密裏に動く事。ここにいる者には常に報告を行い、ここにいない役員でも基本的に君らから話すことは許さない。一度私に必ず確認する様に。」

 私は、何かおもしろ医科大TVドラマにあるような、体育会系・権力争奪系・派閥縦社会系なお言葉に「御意!!」なんて発すればよかったのですが、思わず本音交じりのかったるい「はぁ~」てな生返事をしてしまいました。

 これからの難問オンパレードなヤバい未来を想像させるに十分なお言葉でした。

 この生返事に不安を抱かれたのか、事務所の席に戻ってからも専務の秘書から「伝言」としてお言葉を頂いたうえに、ご丁寧に励ましのメールまで頂いたのでした。

 しかし、私は操り人形になって最後自分だけ切腹するような人生はイヤだったので、介錯なら今のうちにお願いしたいと思い、要らぬ期待を削ぐ目的で「この件はすこぶる難儀です」と軟弱な返信をしてみましたところ、元アメリカンフットボール選手だった専務は、この態度が人情味厚い性格をくすぐってしまったのか、はたまたドツボに嵌った人間の代わりを探すのが面倒くさかったのか、予想した反応とは逆の「いやいや、そう言わずにがんばれ。」とダメ押しエールをもらうことになってしまったのでした。

 

 そんなこんなで、乗らないメンタルの中いよいよオーナーへ報告をする当日が来てしまいまた・・・。

(馬を買ったと思えばいいよ④へつづく)