話の成り行きを伺ううち、後向きなコスト削減でしか再建案を見出せないメインバンク側の指導法に付き合わされたO氏は、いよいよ資金繰が逼迫してきたという話をし始めました。
この部分に至るまで長く寄り道して話を聞き、それを頭の中で整理しながらオーナーに正確な情報をお伝えするため引き出していくのには結構な胆力を要しました。
私は、この様な話を債務者から伺うときは敢えてメモを取らない様にしておりました。なぜかと言うと、その場で「債務者」と「債権者或いは支援者」という立場、またこれからそういう関係になる場合に話を聞く側(債権者)というのは圧倒的に立場が強くなってしまうため、見えない心の壁を作ってしまうからであります。メモを取られるということは言質を取られるという不安感があり、彼らは発する言葉や話すストーリーを慎重に選びだすからです。その様な不安感を少しでも排除できれば、早い段階で心を許してくれると考えるからです。
そう、精神的に追い詰められた債務者は「藁をもつかむ」思いから嘘を連発する様になるのです。
だますつもりなどないのです。
ただただ、今の状態から「救われたい」だけなのです。
極端かもしれませんが、例えるなら海上遭難で自分がおぼれていたとしましょう。緊急避難的行動として罪に問われにくいもののうち、助けに来てくれた人に縋って逆におぼれさせたり、さらには浮き輪が一つしかない状態で自分が助かりたいばっかりに別の遭難者を蹴落としてしまうほど、周りが見えなくなり自分の事しか考えなくなる。そういう心理状態に陥ちるのに近いかな?と思うところです。
特に企業経営者の場合、大手企業に所属し定収入を得ているサラリーマンには、泥水を啜って生きている不安定な自分らの事なんかわかるものかと思っていて、そういう人達が心開いてくれるまでにはかなり長い時間を費やしたものでした。私が担当営業マンであったことや、古株として長年の顔見知りだったとしても、信頼して欲しいと工夫し安心感を漂わせたとしても、そう簡単に心許して真実や本音を話してくれるものではありませんでした。
要は彼らにとって、当初は「銀行マン」らとおんなじと見られるわけです。
ただ違うのは、同業であれば嘘が見抜かれやすいし、実業を行っているので痛みも理解してくれるし、ややマシということであったくらいでしょう。
私は、最初は自分が助かりたいが故に連発される彼らの嘘に対し瞬時に見抜きながらも、同じレベルに降りてそれを感情的になって、なじったり批判的な態度で接するのではなく、ゆっくりと話の成り行きを伺い、同調しながらところどころでやんわりと矛盾を突いて債務者みずからが修正できるよう促し、話が変な方向へいかない様に牽制したり、時には騙されたふりをして泳がし、あとで暗に「こちらは気づいているよ」と警告したりして、丹念に「一歩進んで二歩下がる」心理戦を繰り返えしながら最終的には「嘘をついてもしょうがない」と思わせ「信用できる相手」として信じてもらえるようにするやり方でした。
「相手の痛みが分かる」会話を続ける事で「この人は騙せない」と認識させ、心の内の本当のことを洗いざらいさらけ出してもらい「あなたのためを思って考えている」という姿勢を理解してもらう努力が必要でした。
幸い前項で述べましたが、当社は業界全体の発展を考える企業文化を持っていた(みんながみんなそうではありませんでしたが)、当時の市場ナンバー2以下の企業らの様に中小企業の下請やOEM委託先にも同じレベルに降りて虐めるのではなく、厳しくも優しくも愛をもって俯瞰する姿勢で接する企業であることが古株の取引先の経営者らには知られていたので、その点では有利に動けたかもしれません。
でも過去には「倒産列伝012~華やかな世界、支えているのは」で述べました通り、猜疑心の強い方や異業種の相手でアミューズメント業界における当社の考え方が通用しない人たちになると、私が誠意を持ったつもりで接してみても、彼らの思い込みにより余計に反抗的態度に出られたり、悪党呼ばわりを周辺にまきちらしたり、究極は絶望感が先行して自ら命を絶つような行為をされたこともありました。
嘘をつかれると、報告する会社や今回の様なオーナーの様な立場の方へ判断をして頂く展開になると間違った方向に正しい決断をされてしまい、相当な悲劇を生んでしまいます。
私は130件を超える倒産劇を見てきて何度も、この様な悲劇的展開を見てきましたし自分の失敗としても学んでまいりました。
私が若かった時代には相手を慮る技術の未熟さもありましたから、情報をうまく引出せず悲劇的結末となってしまったとき敢えて弁解することはせず、周りからいろいろ言われても黙って受け入れておりました。
「今の自分の実力として精一杯やった」と納得することで、精神を保つしかありませんでした。
しかしそれは、心のダメージとして蓄積されてきたように思います。そしてうまく立ち回り自分の都合の良い展開にもっていこうとする連中への怒りへと転嫁されていったのかもしれません。
だからこそ私には債務者を金ずるとして操り、新たな犠牲者を誘きよせようとしか考えない銀行マンや「倒産列伝009~本当の敵」でとりあげたライバル債権者の姿勢は許しがたく、彼らが債務者を裏で操る証拠を掴み、彼らの思惑を遮り回避しようとする動機も生まれるのでした。特に触れませんが、私的整理を企てるコンサルタントなども許しがたい存在でした。
O氏:「いよいよ、銀行に提出を求められた年間資金繰表では下半期の収支尻がすべて赤字になり、そして膨らむ一方の状態となってしまいました。」
私 :「赤字にならない様なアイデアも提示できなくなったのですね?」
O氏:「中小企業の資金繰りなんてその様なもので、大手さんの様に銀行が手当てしてくれたり、社債や株の発行などと言う芸当はできませんので、周辺の顔見知りに無心するしか無いのです。」
O氏の発する言葉には「ご自身の苦労など分かるはずない」という嫌味がこめられていました。そこに当社に近づいてきた真相が垣間見えた瞬間でした。
「だから当社のオーナーのところへ「無心」に来たのですか?」と私は敢えて問い詰める事はせず、逆に話を逸らす言い方でOさんに言いました。
私 :「Oさん、ご面倒ですが月間資金繰表を作成してもらえませんか?」
O氏:「そうですか・・・じつは・・・、銀行からもしきりにそれを要求されてまして。中には週間ごとの日繰り表を出せとも言ってくる銀行上層の方もいらっしゃいました。」
またもや出ました、O氏の「じつは・・・」は嘘の告白です。これで更に一歩前進ませるため、怒らず受け止めていくのです。
私は、実際H社の資金繰り状況はもっとひどい状況に陥っているのではないか?と思いましたが、おそらく銀行のベテランの方も気づいたのでしょう。O氏は銀行や当社から手を引かれたくなかったので嘘をついていたのです。
私 :「それでは、それと同じものでよろしいですから頂けませんでしょうか?」
私は、O氏が「銀行に資料作りばかりをやらされて経営のかじ取りが出来なくなった」とぼやいていましたから、手間暇を掛けさせない様にと慮る言い方をしましたが、実際は銀行主導の資金繰表を見る事で彼らが当社を巻き込もうとした裏採の証拠になると考えたのでした。
ところがO氏は少し考えて「新たな実態に沿う様に作り直して来週には提出します。」とのことでした。
自発的に、より実態を示す資金繰りを私に晒そうとしてくれたことは、私が信用してもらえた瞬間だったのではないかと思い、その勇気を讃えなければと思うのでしたが、同時にO氏が新たな嘘を企んだかのように思えましたので「銀行主導の資金繰表も提出する様に」と念を押したのでした。
その提出は私がオーナーへ報告する日時の直前でまとめるのは哲也に近い仕事になりますが、少なくともO氏の会社H社の資金繰りがひっ迫状態であることの実態を報告することは大事なことでありましたし、オーナを嵌めようとする連中もいることを悟って頂く事も大事でありましたので、その労は惜しまぬ様に致しました。
でも考えるに、その報告を受けたオーナーが判断する事に従うべきと思うのですが、当社側の常務やその他の上層は、この情報でオーナーが支援を止める判断になることに期待を寄せていたこともあり、この様なO氏の運命を左右する情報を報告する事は、私自身胆力をもって彼から引出した情報にも拘らず、彼を救う気持ちで信用させ引出しといて、一方では正確な情報と称してオーナーが支援を断念する決断を期待する上層の都合の良いものにもなり、実は私こそ、この行動は矛盾をはらんだ行動なのだと思うところもあり、やるせない気持ちにさせられるのでした。
いつもは支援するという会社の判断を私自分がストーリを作って会社の承認を得てから相手と接触するのでしたが、今回はそれより前の段階で下った曖昧な命なので、支援するか否かを判断する材料を提出するということはいつもより葛藤が強く精神的なダメージも大きく、更には報告の仕方によっては「お前はどっちの見方なんだ」と常務らの信頼を落とす状況になることも予想されるので、いったんは心を無にして中立を保った情報を報告をする事しかできなかったのでした。
自分は中庸を目指したいのに、中立であれと無言のプレッシャーを掛けられる。そんな環境は「自分にとってよろしくない」と思えながら、「引き受けた以上はやらなければ」という責任感とのせめぎ合いも生まれてきたのですが、そんなにこだわる身なのか?お前はそんなに偉いのか?と自分に問いかけて、みんな絡んでいるのはお前よりぜんぜん偉い連中ばかりなんだから、成行きを気にすること自体おこがましい事なので気にすることは無いと言い聞かせ、それよりもO氏から頂いた情報を短く端的に報告できる様まとめ上げる事に集中するしかなかったのでした。
O氏と当社の応接室をでて、受付のある出口で私に深々とお辞儀して変えられる少々猫背な後姿を複雑な気持ちで見送りながら、これからの自分の身の置き方を考えるのでした。
「少し遡る」と言いながら、ずいぶんと長く寄り道をしてしまいました。話を元に戻すことにします。
オーナーは、加齢によるせいで虫眼鏡の様な老眼鏡越しながら、眼光鋭く私の作成した資料に目を通しておられました。
常務がこの報告に頂いた時間は30分、私は15分で話せと言われ、残りは常務が解説して、判断をお伺すると言う魂胆でおりました。
私が一通りのご報告を終えた後、常務が「やはりH社は、どうあがいてもダメな状況なんですよ」的な言い方で、早々に支援打切りのご英断をして頂くように進言されました。
オーナーは、眉一つ動かさず私に向かって「ちょっと、こっちに来てください」と言われました。
そうすると秘書の方が、すかざずオーナーの座る高級ソファーの横に、これまたお揃いデザインで白い本革の小さいオットマンを用意されまして、オーナーがそれを指さし言いました。
S氏:「おい、こっち来てここに座れ」
(倒産列伝016~馬を買ったと思えばいいよ⑩へつづく)