倒産列伝016~馬を買ったと思えばいいよ⑩

倒産列伝

 オーナーのS氏は少し強い口調で、私をご自身の隣に置いたオットマンに座らせると常務に「続けて」と更なる説明を求めました。

 それが一通り終わった後、オーナーは資料を机にぱさっと置いて、つぶやく様に

S氏:「だいたいわかりました。ただ・・・もう少し積めが欲しいですな。」

 常務はこの時のことを「なんなのよ?何言ってるのかわからなかった、なに考えてんだろ!?」と後述しきりにオーナーの狙いを掴めない苛立ちをあらわに悩んでいました。私もおんなじで「さぁ・・・」と返すしかなかったのですが、気がつけば制限時間の30分をとっくに超えてしまっていて、外の日も赤く染まり遅くなってきていたので秘書の男性が、いったん席を外したと思えば再び戻り、数分後に女性秘書が入ってきてオーナーに耳打をしたのでした。

 そして男性の秘書が「オーナー、そろそろお時間が・・・」というとS氏は「そうか・・・」と言って、資料の資金繰表にある赤字になった収支尻を指で押さえながら、私に向かって「この表で行くとO氏の資金繰はどのくらい持ちますか?」と先ほどと違い冷静で丁寧な口調で問いかけてきました。

 常務が「早く終わらせろよ」と目で合図をするし、私自身も早くこの場から離れたい気持ちでいっぱいでしたから「約4000万円超の手形決済が控えております。これは下請企業への支払いですがH社自身、販売先からの売掛金の回収をもってしても、その手形の決済資金が現在では間に合わない状況です。決済期日まで2週間しかありません。」と応え、オーナの返答を待っていると

S氏:「実際いくら足りないんだ?」

私 :「1200万円は足りません。」

S氏:「その決済資金を確保できないと銀行は手を引きますかね?」

 金縁で厚い老眼鏡を鼻先にずらすと常務に視線を送り言われました。

常務:「へ?」

 常務がたじろいだのを見ると、次に表情を変えず私に視線を送ってきました。

S氏:「その手形が不渡りになると、どんな影響が考えられますかね?」

私 :「零細の下請企業が連鎖倒産を起こすでしょう。それを防ぐため銀行がその資金を手当てしてくれるかは分かりません。過去に散々支援してきているようですし、今回に至っては微妙なところです。また業界全体の信用に対しても影響が及ぶ可能性があります。」

 当社が当時トップとして君臨していたアミューズメント業界は、金融機関(銀行や保険業)らからは、ポートフォリオとしては倒産確率の大変“高い”位置づけにされていました。特に2000年代初頭は、当業界の多重の連鎖倒産劇が起こり、その兆候に気づかなかった金融機関たちの多くが高額な貸倒被害を受けました。そんな中、当社だけ被害を免れた事例も多くそれを知った彼らからはよく「供給者として有利な地位を利用して債務者と結託し事前に自分たちだけ回収をしているのではないか?」と疑われたものでした。わざわざ裁判所にその疑いを訴えに出向く連中もいました。実際に当社は与信機能が働いたまでの事で消耗品レベルまで取引を圧縮していただけだったのですが、その度に業界全体のモラルを問われ信用が低下し、資金調達難に陥る同業者も多く出現したものでした。

S氏:「そうですか・・・・。」

 オーナーも倒産劇が起こる度に業界全体の信用低下が起きる事には憂いを感じる様で

私 :「H社の手形をジャンプさせるか、決済資金を負担したうえで銀行に出向いて今後の支援のありかたを確認した方が良いかと思います。」

 私は、銀行の企みを直に確認したかったのもあり、こう提案しましたところS氏はしばらく考えて

S氏:「それでは、あなたがOさんと一緒にこの銀行に出向いて彼らと交渉してきてください。」

私 :「資金繰りを続かせるように支援を継続する交渉をしろ、という事でしょうか?」

S氏:「振り込んでおきます。それから考えましょう。」

 私の記憶では実際、もっと複雑なやりとりをした感じですが要はこういう話で私自身が、この棘の道に嵌っていったのでありました。

 部屋の大きなガラス窓の外は、すっかり暗くなっていて、チリチリと宝石の様な摩天楼の輝きがゆらゆらときらめき、東京湾を通過する船のネオンや大きな橋の証明などが見えておりました。

 常務は、オーナーの一言に「お金を出すのかよ?」という顔で驚き、ひっくり返りそうになりながら書類をご自分の鞄に積めており、私もそれに続いて帰り支度をし始めました。

 男性の秘書が、オーナーに「そろそろ女性秘書らを返さないといけませんのと、予定がズレましたので次に向かわないといけません。」と告げました。オーナーは「はい、わかりました」と高級ソファーから立ち上がり、また窓の夜景を眺めて気持ちを落ち着かせたのでしょう、クローゼットから上着を取り出し、ピシッと決め込んで出かける体制となりました。

 常務が小声で、秘書に「これからどちらに?」と聞いたところ、秘書は「ジムに」とささやき返しました。ご高齢なので体力維持のため夕方からジムで汗を流すのだそうで、どんなに予定が変わっても欠かせないルーティンとなっているとのことでした。私は、そのジムもさぞかし高級なんだろうなと思いながら、これだけいろんな人に会わなければならないうえ、さらにはどれだけ過去に縁があったか知りませんがこの場に居ないOさんのために予定を変えてまで切羽詰まった話に付合い、数千万円に及ぶ自分のお金を振り込むなんて芸当ができるには、体力だけでなく精神力も維持するため毎日体を鍛える必要があるんだろうな、と感心させられるばかりでした。

 秘書は「オーナーは一時もジッとする事なく休むことが無いんです。」と、ぼやくように私たちにつぶやきました。「付き合わされる身にもなってください」と言いたげな感じに対し、私たちも「それは大変ですねぇ」という表情を作り、彼に同情の視線を送りつつ軽く会釈を返しながら退出するのでした。

 オーナーと秘書の二人も部屋を出ていきましたが、我々には別の年配の方が目の前に登場してきました。改めて小さい小部屋に通され、見た目は地方の信金マン課長と言う感じの方でしたが、聞けばオーナーの個人資産を管理されている責任者のお方とのことでした。いわゆる大富豪の金庫番という人物でした。

 「オーナーのサインは頂いており、すでにH社のメインバンクへ送金の手続きを行いましたから。」と言われ「あとは決済期日の前日にオーナーの名前で振り込みがなされますので、そのあたりの対応は、そちらでお願いします。」とのことでした。

 その2週間後、例の手形決済期日の前日にOさんから「いまから、そちらに伺いたい」との連絡が入り、急でしたので私とOさんだけで当社の応接室で会う事にしました。

O氏:「本当に当座へ振り込まれておりました。S氏の個人名でいきなり1200万円の大金が・・・。」

私 :「嘘はつかないと思いますが、本当に?と言う言葉は出てきますよね。」

O氏:「彼らもびっくりしておりました。」

 彼らと言うのは、メインバンクであるK行の支店の上層の方々のことです。

 ここで話がややこしくなるのですが、先述したO氏を疲弊させたメインバンクと、このメインバンクは違う銀行です。O氏の口癖ではありませんが、実は・・・当時のメインバンクとして登場し、O氏にやいのやいのと数字資料や資金繰表の作成をさせ、ただただ自分たちの保身のためにしか見えない対応をしていた銀行はこの時すでにほとんどの債権をH社から引上げていたのでした。そのメインバンクはわが国ではメガバンクといわれるほどの大手行でした。あれからO氏は、彼らが連れてきたコンサルの言いなりに経営改善計画を作成し、返済のリスケ要請をすることになりました。返済計画は15年もの長期にわたり、その計画すらも初年度から未達の状態が続き二年目には借入金を一度返済し社債を発行させられたとの事でした。決算書を見ればわかったのですが、O氏の口からも「あれは貸剥がしの手段でした」と言うセリフが出始めました。

 それでもビルと工場を建てるために貸付けた金額の回収はたいへん高額でしたし、シンジケートローンを組んだ幹事としては必死だったのかもしれません。覚書にシンジケートローンの貸出比率に応じたプロラタ弁済をO氏自ら希望するテイで再生返済計画に記載されておりました。まあ何でもいいなりのOさんでしたから、これにハンコを押させるのは難しくなかったかもしれませんが、押し貸しともいえる勢いで融資しビルと工場まで買わせといて、業績の悪化が表面化したら直ちに貸し剥がしに転じる姿勢は、如何なものでしょう?これでは日本の企業は育たないはずだと思いました。

 そして最後の仕上げに係り、彼らは「これ以上返済の見込みは考えられない」という事実を作り上げビルの売却とその売却益による相殺によるペイオフを要求してきたのでした。

 当時のO氏には、成す術はありませんでした。というより、基本言いなりなのであっさり応じた事でしょう。せっかくの一等地のビルを任意売却してしまいました。すぐに買い手がついたというより、既に当時のメインバンクが買い手を用意していた様で、これまた実にスムーズだったそうです。

 ビルの建物と土地を時価で売却しても、シンジケートローン全額の返済は適いません。元々過剰与信だし金利も考えれば当然の成り行きです。その残額は幹事行として自行の短期貸し付けにして(メイン寄せ)、全体丸く収めた様でした。そしてまた少しずつ預金相殺を行いながらコンサルしているふりをして回収を進めていったそうなのです。

 私がOさんから頂いた資料を見た時、既に当時のメインバンクはほとんどを回収しており、代わりに現在のメインバンクが数千万をもって新規の貸付け話に乗って登場してきた様なのでした。

 このあたりのメインバンクの交代劇が、銀行通しで行われたかどうかは知りませんが現在のメインバンクのK行は「知らなかった」可能性が高い雰囲気がありました。彼らはメガバンクからメインを獲れると盛り上がりすぎたのでしょう、ちゃんと与信審査をしていたかどうかも分からない感じでした。

 K行は、大都市での工業地帯の発展に伴いものすごい預金残高を抱え、へたな地方銀行など優に凌ぐ特別に巨大な金融機関でありました。しかしメガバンクを頂点とする序列格付でいうと、地方、第二地方のそのまた下にあたる信用金庫や信用組合にあたるレベルでしたので、メガバンクからメインを奪う事について、盛り上がるのは当然だったかもしれません。そのため嵌っちゃったのでしょう。

 担当窓口の支店は、その本店のおひざ元にあるところとなっておりました。でも本来は本店の中にある支店という事らしかったのですが、超高層な本店ビルを建築予定だとの事と周辺の再開発も進めているということで、なぜか駅からすぐの雑居ビル群の中の空き地に立つプレハブ事務所になっておりました。

 私が、その支店の前に到着しますとO氏が出てきて私を迎えました。あわせてO氏の両側に、身長が190cmはあろうかという若手い大男2名もついていたのでした。プレハブ小屋の入口はその2名の大男でふさがれる様な圧倒する雰囲気で(まさに北斗の拳に出てくる門番の双子のキャラ)、その後ろに小柄な副支店長という肩書の男性がいて、私を出迎えました。

副支店長:「ようこそ、お待ちしておりました。」

(倒産列伝016~馬を買ったと思えばいいよ⑪へつづく)