倒産列伝016~馬を買ったと思えばいいよ⑪

倒産列伝

 

 両脇に立つ背の高く若い門番の男二人は、聞けばバレーボール選手との事でした。いわゆる実業団(社会人)選手とのことです。その二人をボディーガードとして従え、小柄な中年の男が私を(正確には私とO氏を)エスコートし、プレハブの行内カウンター正面真ん中、奥にある支店長室へと案内してくれました。

 行内はお決まりのシンプルで昭和の高度成長期を思い起こさせるような時代遅れの制服を着た若い女性行員たちが、オフィスチェアに座って窓口に向かい控えていたり、奥のデスクにはいそいそとお金のカウントなど行っていたり、管理職や営業マンと思われる男性行員が集中した面持ちで書類の作成をしておりました。

 このK行のある街は人口は政令都市扱いですが、地方都市のひとつなのでどこかローカルな雰囲気もありました。

 そんな典型的な銀行の窓口フロアをぐるっと半周して奥の奥にまるでバリケードの切れ目の様な低い開き戸戸あり、そこからカウンター内の業務スペースを通ると最後部の管理職の連中が、私ら一行に気づいて次々に挨拶を投げかけてきました。まるで陣形でいうと本陣を守る重鎮たちの様な感じです。そして、それに応えながら奥の支店長室なる部屋に案内されて入りますと茶色い古いソファーがあり、そこへ副支店長の男から「どうぞおかけください」と促されたのでした。かなり年季のある使い込まれたソファーでしたが、手入れはまあまあ行き届いていたもののカパカパ乾いた感じの厚手の本革で、座ると思ったより深く沈み込むところがあり、要するに座り心地の良い物ではありませんでした。如何に当社オーナーの執務室にあったソファーが高級だったか、私も物の目利きが分かる様になったと思える瞬間でありました。

 客用はそうしたが行員側のソファーもベンチ式の同じもので、当然私とO氏が客用のほうに、そして対峙する行員側のほうには、両端に例の門番の男二人が座り真ん中に副支店長が座りました。最後にこの部屋の主である支店長なる男が、奥にある事務机から「ようこそお越しくださいました」と声を発し、ゆっくりと長身の男二人の間の副支店長の左隣の空いたスペースに座りました。客用のソファーが入口の近くで、彼らの座るソファーが奥にあるレイアウトというのは、本来のビジネスマナーとしては如何なものかと思うレイアウトなのですが、この部屋はそもそも応接と言う役目ではなく、おそらく返済の滞った債務者をとっちめたり、なにか問題のある連中と対峙するためのものという印象でありました。本陣に捕えた捕虜を詰問するとか首実検する場所、戦術会議をする場所と言った感じでしょうか。

 ソファーに座ると真ん中の2名が小柄な分だけ異様に門番の若者が大きく見えるのでしたが、この狭いのに大柄な二人を両脇に従えて座るなんて「どんだけ私を怖がってんねん!?」と、つっこみたくなる光景でありました。

 まるで私が反社会的勢力の一員で、これから難題を吹っ掛け脅してくるのを予想し、逆に門番の二人で威圧し対抗しようとの考えが見え見えに思える配置でありました。

 まったく慇懃無礼な応対です。

 名刺交換と自己紹介を行い、まずはK行や地元の歴史などの話から、支店がプレハブになっている理由など直近の周辺再開発の話など世間話からはじまり、そして5分ほどで本題に入りました。

支店長:「いや・・・、今回は本当に驚きました。まさかあのお名前で大金が振り込まれたものですから・・・。」

私 :「御行がOさんにその様に仕向けたと考えております。それに対して当社オーナーのSが個人的に応じたものですが、問題がありましたでしょうか・・・?」

支店長:「・・・仕向けたなんて滅相も無い。本当にこうなるとは考えていなかったもので・・・。」

私 :「初めに申上げておきますが、当社自身はOさんの経営されるH社との取引のボリュームは大きくありません。信用調査などで当社の売買実績と取引先リストを見て頂ければわかると思います。またSとの関りも取引上は無いとご認識ください。Oさんとのご縁があるとすれば、Sが業界団体の会長も兼ね、その団体の事務局にてOさんが大変頑張ってくれたというものしかないと聞いております。それには大変感謝しているとの個人的感想は私自身聞いておりますが、Oさんとの関係は失礼ながら、それだけです。」

 私は、冷たく言い放ってみました。慇懃無礼には慇懃無礼な対応で臨みます。

 O氏とオーナーの本当のご縁の深さについては、私を含め側近や経営陣も分かりかねるところがあったのですが、S本人から実際伺ったのは支店長に申上げた関係それだけでO氏に確認しても齟齬は無く、K行側には突き放す様な「迷惑だけど、しかたなくあなた方の仕向けに乗っかってやった」という雰囲気を出して攻めてみたのでした。

支店長:「いや・・本当に今回は資金のご支援にS様が乗ってくるとは思っていなかったもので、H社の口座に振込が実行されてから、Oさんにも何度か当行に来て頂き問いただしたのですが、当人もあなた様からの伝言しか聞いておらず、これが本物かどうかわからないとの回答で・・・それであなた様にお越し頂いた次第なのです。たしかに、私らはH社の手形決済難がこの先見えていたのと、このままこう言う事、つまり当行が資金支援を繰り返すのは如何なものと考えていましたので、冗談交じりでSさんを頼ってみては?とついつい私がこぼしたまでの事だったのですが・・・・。」

私 :「冗談交じりの支店長さんのお話をOさんが真に受けて当社オーナーのSを頼ってきたのだと?」

 私は、無表情に支店長の目をまっすぐ見つめて返しました。その場の雰囲気が凍りつき数秒間は重々しく誰も声を発しない間ができてしまいました。

 私が反社でしたら突然、大声で恫喝してくるのを予想していたかもしれません。「金融機関のモラルに反する」とか「中小企業いじめの貸剥がしだ」とか怒鳴って攻撃してくるとか思ったのでしょうか、両端の若者も、こんなことに付き合わされて迷惑しているという顔がありありと出ていて、同時に経験豊富な支店長も弁解のための切り返しを考えているのが分かりました。

 Oさんは、私の右横に座りだまってうつむいています。いつもの「私はまな板の上のコイだから」といった感じ。

 この支店長は、何度もOさんを呼び出した様で、当社およびS氏の登場に冗談で言ったことが本当になってしまった事に複雑な思いであったと思います。ただしそれは、自分の責任になってしまうことを恐れただけで、この深みにはまってしまったH社への支援と撤退のシナリオが袋小路に留まった状況にとっては大きな打開策となるチャンスともとらえていたと思います。当社とS氏は、いわゆる鴨葱です。

 義理人情に厚いと言われる当社オーナーS氏は、こうやって人望を得てきたのでしょうが、でもこういう連中に鴨葱扱いで利用もされてきたんだろうと思え、その支配下に居る自分は異様に悔しい思いがこみ上げてくるのでした。

 S氏にヤクザな連中が近寄ってくるのも分かります。その性格から、ヤクザな連中とは相性良いはずだし、カネもあるので彼らが好むドラマを作りやすい人だし、でもそのせいでS氏のイメージが悪くなっているのもありましたから、秘書の方々が一生懸命、毎日近づこうとしてくるガラの悪い連中から遠ざける様に努めていました。

 問題だったのは、S氏の側近と言える方々の中に、そういう任侠的な雰囲気の大好きな人たちがいて、その人たちが自分のボスを引き合わせ、「自分が」良い思いをしようとみえみえに企む者が居た事でした。かわいい部下で、仕事が出来たり、将来に期待の出来る人物だと「わかったわかった」と、いう事を聞いてあげたりするので、その後にタチの悪い連中と悪い縁が出来てしまい大損をする、イメージを下げてしまうという事もあった様です。

  S氏が今の地位を気づかれるまでの過去には、そういう苦いご経験が多数あって、ご自分の財の基盤まで揺らぐほどのピンチに追いやられた事もありました。

 それでもなかなか「泣いて馬謖を斬る」という事をしないので、悪いイメージが付きまとう点に対して私は「残念かな」と思うのでした。

 任侠好きの社内の者が出世を狙って失敗し、結局やらかしてしまい不良債権ともなれば、会長や社長職をしている側近中の側近が、そういう連中をS氏の代わりに罰して排除する事があり、経営幹部の方々もそういう面では防衛機能となっていましたが、それに絡んだ資金が不良債権となってしまう事については未然に防ぐという事はしなかったので、結局回収にあたるのは、罰せられた者が居なくなった後で、引き継いだ者と私の様な役目の者が担うという状況でしたが、ほとんどが回収不能なものとなってしまっておりました。これら損失がなければ、もっとお金が溜まり運用結果次第で当社のグループは超優良企業に成れただろうと思うと尚更悔しく思うのでした。

 ところで今回の私としては、これまでこのK行がどの様にH社を支援をしてきたのか、手っ取り早く把握するのが第一の目的でした。

 彼らを責めて支店長のだんまりに付き合っている時間はなかったので、S氏に命を受けてきて乗り込んできた以上、H社の再生支援にこのK行が必要なのか邪魔なのか見極めて、そして必要ならどの様な距離感でこの連中と関わっていくか、或いは邪魔なら波風立たぬ様にして少しずつ排除していくか、更にあわよくば当社自身もH社の支援そのものから撤退するチャンスを伺えるのか、これらのいろいろな判断材料を探すため、話題を変える事にしました。

私 :「それでは、これまでのH社の支援状況をお聞かせ頂けますでしょうか?」

支店長:「ということは、当行とOさんのやりとりしていた資金繰表はご覧になりましたしょうか?」

私 :「もちろん」

支店長:「それでは、私からご説明いたします。」

 支店長は、これまでの支援経緯を説明し、自分らの融資判断についてK行は後悔しているとの事でした。取引残高の大きい(債権残)融資先をメガバンクから乗り換えさせることにとらわれ、その将来性や経営課題について、なかなか分析する事が出来なかったこと等、割と正直かつ真摯に打ち明けてくれました。

 そして、撤退戦略に臨んでいることも「今さらごまかしても仕方がない」とのことで説明もしてくれました。それは、H社が必要とする製品の開発コストやそれら生産に伴う調達部材の支払資金についてだいたい定額となる様Oさんを指導し、K行が1000万円を貸付てH社から1100万円を返済させるやり方をとってきたとの事でした。

 当方が1200万円を振り込んだ結果、K行は数字の合致にびっくり、余る100万円は部品の供給代として送金されてきたことにも薄気味悪さも感じたとの事でした。

 私にとって彼らの、H社を生かさず殺さず生殺しの回収法は、なにも珍しくないやり方だったので見抜くのは簡単でした。前の債権者であったメガバンクのやり方も同じですし、問題なのは再生というよりは自行の救済のために資金繰りをつないでいるだけなので、それをこのまま続けK行も全額回収が適うとH社は殺されるだけと思われたので、牽制したまでの事でした。

 更に当社が鴨葱状態になっているため、当社まで資金を吸い取られたあげくH社の再生どころか、K行の企みに対してH社が倒産してしまった場合、なにも保全が効かなかったという事では利害関係先、社内、ひいては株主からの非難を相応に浴びてしまい、前述のオーナーをたぶらかす悪い内部分子と変わらぬ事になってしまうので、その保全策の材料を押さえておこうと考えたのでした。

 そこで私は支店長に問いました。

私 :「御行が資金繰りを支援した結果、成果物として次々と納品される製品についての扱いはどの様な捉えでいらっしゃいますか?」

 それを聞いた支店長のいままで以上に顔がこわばるのが見て取れたのでした。

(倒産列伝016~馬を買ったと思えばいいよ⑫へつづく)