寒い季節が終わり徐々に暖かい南向きの風が吹くようになり、海外からやって来たと思しきタンカーらが行き来する摩天楼の谷間の運河にも、ユラユラと蜃気楼の様な空気の揺らぎを感じる様になりました。
資金繰支援地獄も、始めてからもうすぐ1年が経とうとしています。
競走馬となる仔馬の買い付けで忙しいオーナーが、事務所にいらっしゃるタイミングを見計らいながら直接相談してK行排除の画策を続けておりました。途中途中のボードメンバーの方々の査証を取付けるよりも、まずオーナーの「Ok」という言質をもらってからのほうが、K行排除のアクションをするに近道だと考えたからです。
オーナーは、米国ギャングが持ち込んだ企業文化が本流のゲーム業界では、一歩下がった距離感で経営をされてきましたが、もう一つのそこから枝分かれした国内発(名古屋発)の業界では、平成時代にトップ中のトップに成りあがったお方なので、どこか「アジア的」「親方日の丸的」「独裁的」「家族的」「社員は丁稚奉公的」「共産主義的」な経営を好む傾向があり、長らく欧米型経営に育てられた私としては、違和感を感じるところが多くありました。
株式会社と言いながら、或いは上場系と言いながら、世間には立派な会社としての体を成しているのに、すべてがオーナー次第と言った体質になっているのは社内戦術を組むにやりやすさを感じますが、法律よりもオーナーの考えが優先したり、人の命よりも優先と言う雰囲気があり、それが本来企業のあるべき姿ではないところに葛藤を感じつつ、「そうは言っても」と言い聞かせ、今はそれどころではない事情で彼を頼って進めるしかなかったのでした。
常務としても、「いずれにせよ再生させるに利益の出るものをH社に作らせて、売らせて、利益を得させて、銀行団への返済原資を得させて、当社も資金回収できるようにする」というのがマストだったので、そのスキームの組み立てを部下の方々と考えていくという事に励んでいました。
そのスキームの中でK行が自分だけがよかろうと邪魔な事をしていたので、私はそのK行排除を画策していたというわけです。
そしてO氏は、登場するすべての人たちに気を使いながらの毎日を過ごしていらっしゃいました。相変わらず高級羊羹を携えながら、あちこち顔を出し、呼ばれたらすぐに飛んでいくという具合でしたが、初老ながら「体力・気力が尽きない人だな」と、あきれるほど感心させられるところでありました。また、意外とおいしいところを持っていくズルい一面もお持ちの方でもありました。
春の連休シーズンが間近に迫る中、H社の4月末の資金繰りがヤバい状況になってきたので、オーナーに資金繰表を見せながら、難を乗り切る策を立てるになかなか結論が出ない状況に陥った事がありました。連休後の後回しとしたいところに、Oさんが「H社がデフォルト(債務不履行)必至となってきた」と言って、いつもの「実は・・・」と私たちに伝えていなかった爆弾因子を打ち明けに飛び込んできたときがあったのですが、私たちは「早く言ってよ~」と、土壇場での狼狽を通り越し「このままデフォルトして倒産してしまえば、どんなに楽になれるだろう」と考える境地になってオーナーに急ぎで報告したところ、仔馬の買い付けから戻られたばかりの彼が「俺はゴールデンウィーク(GW)も会社に来ていて、いつでもここにいる。良いからここで資金繰支援の策を練りなさい。」と仰ってくださったのですが、我々はサラリーマンなのでオーナーとは違い、GWは家族サービスがあるし、GWまで緊張して脇汗をかいていたくないし、何よりも秘書の方々が「私たちはみんな、絶対休みますから!!オーナーのお世話は(常務と私の二人で)お願いしますね」とリーダー格のお方が私の顔を笑みの無い真剣なまなざしで、小声で訴えてくる始末で、更には常務も私に対して
常務:「そうなっちゃヤバいよ!!オーナーが会社に来ちゃったら役員どもも来なきゃいけなくなっちゃうじゃん!?俺みんなから恨まれちゃうよ。お前は家が近いって言ってたよな?自分の家で仕事して、できた資料をオーナーの家に手持ちして訪ねて見てもらいに行ってこい!!たぶん喜んで、高級ワインの一本ぐらいくれるよ!!4万円くらいのを。」
私 :「えーーーー!?そんなの無理ですよっ、GWなのにオーナーの家で一対一で向き合う心の余裕なんかありませんよっ!!」
常務:「大丈夫だよ!!大豪邸だし、やさしい奥さんもいるし、喜んでくれるよ!!」
私 :「これってマジ?・・・パワハラって言うんですよね?」
常務:「・・・・・俺なんか役員だし、へたコイたらすぐクビになんだからよ、お前は社員なんだからオーナーとは言え簡単にクビにはできねぇよ。大丈夫だよ。」
私 :「そんな問題ですかねっ!?勘弁してもらえませんか?」
いい年こいた企業の役職者二人の大人が交わすにはお恥ずかしい、こんなくだらない掛け合いまで起こしてしまったのですが、その後H社の取引先から連休前の入金が早めに行われることが分かり、その合計残高からデフォルト回避はできると判断できたので、どうやら4月は乗り越えられそうとの事になり、我々みな胸をなでおろし連休に入る事が出来たのですが、明けてすぐにお会いしたOさんが
O氏:「私・・・実は連休中、Sさんのお宅にご挨拶にお邪魔させてもらいました。」
私 :「え?ではあれから行かれたという事ですか?何しに?」
O氏:「無事にGWに皆さんにお手を煩わせることなく、ぎりぎりでデフォルトを回避できたことのお礼に、ご挨拶という事で行ってまいりましたのです。」
私 :「何しに来た?とか言われませんでした?」
O氏:「大変喜んで頂きまして、なんとワインを一本頂いてまいりました。」
私 :「ひょっとして4万円のワインですか?」
O氏:「私も気になったので、お調べしたところネットでは2.5万円で売られておりました。まずまずの美味なワインでございました。」
4万円には届かなくても、2.5万円なんて庶民にはそうそう手が出せない金額だし、なぜか悔しい気持ちがこみ上げてきて、ちゃっかりおいしいところ持って行ったOさんが憎くなってきました。デフォルト回避のため取引先に協力を仰いで当社に気配りをしてくれ、更にはお宅までお詫びに来てくれたというご褒美とお礼だったのだと思います。オーナーはやさしい。
社員の私が「がんばりました!!」って報告に伺えば、もっと高級ワインが頂けたかもしれないと卑しい気持ちになってしまいました。
4月末、あんなにみんな騒いで右往左往していた時に、原因を作ったこの人だけ実は冷静で、ワインまでもらっちゃって、神経をすり減らした我々は何だったんだろうと、なんともやりきれない心情にさせられたのでした。
よくオーナーの創業された会社のプロパーで古参の方々は、食事や飲み会の席にオーナーがお出ましになったら「ごちそうさまです!!と言って、みんなたかったちゃうよ。絶対大丈夫だよ。買収された側だからって遠慮しない方が良いよ。」と言われたこともありました。私の部下の女性も古くからのオーナーの下で働いていた方だったのですが同じようなことを言っていました。
「こうやって皆、懐柔されてきたのだなぁ。モノでつられてるんだ。」と呆れましたが、実際優しいオーナーで「うらやましいよなぁ」とも思わされることもしばしばでした。
この様に、心をやるせなくさせる出来事は他にもありました。
常務の部下の人たちです。
私なんかよりも全然良い学歴だし、経営企画ということでパワポの資料などお手のものってな感じでいる方々でしたが、「H社の再生に当社の生産インフラを使う必要があるので、いざ関係部署間の合意の体裁を繕う必要がある」と見て、「再建までのシナリオを作りたい」と申し出てきました。そこで常務は当時の元商品部長(仕入責任者)で役職は定年の準備で無くなっているお方を臨時のリーダーとして、比較的時間の取れるエリートの方々と常務直系の営業幹部の方々を加えたプロジェクトが組成されたのですが、オーナーの案件だということを我々から彼らに打ち明ける事はグループ親会社の大御所専務から堅く禁じられていたので、どうしてもさらっとした浅い情報しか彼らに渡せない点で、私もエリートらも営業の方々もお互いイライラ感の募るプロジェクトとなってしまい、常務のまさに社内体裁を繕うためという本音が見透かされた感じのプロジェクトになってしまったのでありました。
プロジェクトに駆り出された彼らは彼らで社内風評で、これがオーナー案件だという事には気づいていたと思われ、良い再建案となるシナリオに基づいた企画、商品開発、生産体制、仕入、販売、回収と言ったサイクルを形成できれば、自身のアピールに繋がると考え、最初はみなやる気を出していたものの、薄々雰囲気を知るにかなり面倒なものという事を察知して、結局は距離を取ろうとしてくる始末だったのでした。
そりゃそうでしょう、企業再生はそんなに甘くないんですから。
常務の心の中は、「本気で頑張ったって大したアイデアや再建案など生まれないだろう」と既にお考えだったと思いますが、そのためにみな招集を掛けられ、「良いアイデア」を絞り出してパワポに流し込むだけのヒアリングに時間を費やさなければならず、常務は特にご自分の業績目標死守が肝心なので日常業務のほうが優先で余計なリソースを割きたくないのが分かり、どちらかというとご自分の仕事の方を優先的に下知を出すので、なんとも言えないダラダラ感に加えて、それでもこのプロジェクトの実務に関する仕入や出荷に付き合わなければならない彼らは、イライラ感が募り、その矛先が私に向いてきている事が分かるのでした。
私も昔は営業マンだったので、かつての後輩たちから白い目で見られるようになるのはイヤでしたので、常務のこの中途半端なやり方に対しては、反感を覚え多少感情的になる場面もありました。
私 :「かつての仲間に、なぜ反感を持たれながら進めていかないといけないんですかね?」
常務:「お前・・・まで、そんなこと言うのか」
常務は私が彼の内情を分かってくれていると思っていたのでしょう、電話口の向こうで嘆息を突きながら私にこう返してきたのを記憶しております。
確かに最高権力者のオーナーの命を受けているのは常務だし、そこにあわよくば足を引っ張ろうとするグループの役員たち、ご自分の事業の幹部達の面従腹背な態度から保身に入らないはずはない状況で、それぞれの末端で命を受けた純粋な若者たちの反発は予想されていた事で、そんな状況を管理部門として常務の支配下にない、彼の組織を俯瞰できる立場の、かつて後輩で気心知りあった私を引き入れたのは、「わかってくれている」という信頼もあったのだと思います。
とは言え、数に勝る若者や現場の幹部達の反発を私が抑えられるわけでもなく、「青いことを言っているな」で片づけて欲しくはないと思い、私までも彼にもっと状況を軽く見ないで欲しいという意味でとった行動だったのです。
私 :「ここは、ワインもちゃっかり頂いたOさんこそに、企画を提出して頂いて当社はそれを審議して具現化していくスタンスのやり方しかないのでは?」
常務にそう提案し常務もそれでOさんに命じたところ、彼が持ってきたのは、ロボット、潜水艦、ゴリラ、気球とメリーゴーランドの様な子供用乗物と、変わった形の大きなプライズマシンでありました。
(倒産列伝016~馬を買ったと思えばいいよ⑭へつづく)