倒産列伝016~馬を買ったと思えばいいよ⑤

倒産列伝

 アイボリー色の領域に辿り着くと、待合用のベンチも高級品に変わりました。

 空間のど真ん中に大きく白いテーブルが置いてあるかと思っていたのですが、それはオーナーが当時、建設を夢とされていた海外のカジノ施設の完成模型でありました。

 一般家庭の6畳部屋くらいの大きさで夢の度合いが分かります。

 常務と二人、ベンチに座って待っていようとしましたら、数秒立たずに待合室の壁であった高さ5m、横5mに渡る部分が2mほど右にスライドして大きな入口に変身したのでした。

「またすごい演出だな・・・これだと圧倒されるよな。」

 なんと壁が大きな引き戸だったのでした。

 この様な仕掛けを拵えた理由はわかりませんが、大富豪と言われて久しく、いろいろな人々がいわゆる「たかり」に来るというのは容易に想像でき、ろくでもない連中に対し無言のプレッシャーをかけるには十分なギミックだったのかもしれません。

 秘書の女性が出てきまして、我々をエスコートしてくれます。

 常務は以前から顔見知りの様ですが、私にはその秘書は初めて会うお方でした。年配ですが綺麗な方で、どうやら秘書の中ではリーダー的存在の様です。広間のど真ん中にアイランド風なレイアウトで小部屋が設けられていて、そこが秘書室の様でした。

 数名の秘書の方が執務をされていて、新人の女性からベテランの方まで、女性はピシッとして高級な、男性はシュッとした感じのスーツを着こなして我々とは違う世界に住む方々という感じでした。

「オーナーは先客との話が済み次第、お会いになるそうです。」と1人の40代後半と思しき男性秘書の方が、私らに告げて事務所内で待つ様に言われました。

 常務は空いている秘書の事務席に座っていましたが、私は恐縮し立って周りを見回していましたら、その方が私の職務を知っているかの様に「これすごいと思いませんか?」と話しかけてくれました。

 彼が指す方向には山の様に積み上がった名刺の束でした。

 「これら皆、オーナーに面会を求める人たちから受け取ったものなんです。そしてここにあるのはお断りした方々の名刺なんですよ。」

 これらは毎日オーナーに確認するまでもなく秘書室長の判断で分けられるそうで、見せてもらうと

売込み目的の一般企業もありましたが、なにやら聞いた事のない政治団体や慈善団体、宗教団体などなど、つまり「とても怪しい」と言ってよい連中の名刺ばかりで、私としては即刻「関わってはいけない」と直感だけで判断できるような面々ばかりで、こういうのが毎日数十件は訪問して来るのかと思うと「こりゃ面倒くさい」と感じました。

 確かにオーナーはどぶ板ビジネスの叩き上げだし、見た雰囲気も60~70年代を好むいわゆる裕次郎ルックなファッションだし、ダークな世界も好きなほうだという世間の印象もあるので、こういうのが近寄ってくるんだろうなと思います。

 また、こういう連中は頭ごなしに断ったりすると、これまた面倒くさい事になるので、当たり障り無く距離を持つのが良いのでしょうが、真面目な秘書の方々は「直球ストレートにお断りするんだろうな」と想像でき、そのため彼らのしょうもないプチ仕返しみたいなものを受けたりするのでしょうし、質の悪そうな雰囲気の連中が出入りするところを目撃したマスコミの連中が、そういう面々にインタビューなどしてネタとして想像で面白おかしく書き立て、そのせいでオーナーのダークなキャラクターイメージが社会に醸されてしまっているのかもしれません。

 「僕だったらうまくできるんじゃないかな?」と思うところでもどかしかったのですが、名刺を見て信用調査や登記などで調査するまでもない、こういう与信先には興味無いうえ、反社チェックしてもクロと出る事は少なそうだし探偵など雇ってお金と時間をかけても、めんどくさい仕事に付き合わされるのが目に見えていて、以前反社の連中とは「お互いに関わらない方が無難」と言う風にもっていく無言の駆け引きを続けた過去エピソード(倒産列伝004~悪の忍び寄りと与信管理倒産列伝007~続:悪の忍び寄りと与信管理)で述べました様に、こういうのは精神力や体力も使うことから、やはり関わらない方が良しなので「差し出がましい事を言うのは止めとこう」と考えたのでした。

 多分秘書の方は、私を巻き込もうというよりも、我々もこのくらいやって頑張っているんだよと言いたかったのでしょうし、私の調査ツールや、やり方を知ると気持ち引かれると思うので、まあ「口を出すのは、やめとこう」と思うのでした。

 そうこうしているうちに、年配女性秘書の方が「そろそろオーナーがお会いになりますのでご準備お願いします。」と言ってきました。たかが子会社の社員なのに、一般の来客と同じように言われ方が丁寧なところで緊張感が一層増します。

 秘書室事務所のドアを開けられ、いよいよオーナーの居る部屋へ。

 そのとき小柄な女性とすれ違いました。

 私は緊張のあまり見ていなかったのですが、常務が「あっ〇〇子だっ」と小声でささやきました。私が「えっ?誰ですって?」と聞き返しましたら「ほら、衆議院議員で大臣の〇〇子だよっ」と言うのです。

 私たちの前に会っていたのは、あの有名な政治家の人?

 私がきょとんとしていると、常務の声に反応した女性秘書が「そうですよ~」と軽い笑顔で答えてくれましたが、なんだかもう・・・そんな人と会ってから次は私達なんてオーナーは一日中ビッグな話からミニマムな話まで、どんな一日を過ごしているんだろうと思えてきまして「世の中の事はたいてい総なめにしているんだろうな」とも思えましたので「ヘタにいい子ぶったり、優秀ぶっても見抜かれるし、今更逃げ出すこともできませんから・・・もういいや」と、もともとオーナーに何かアピールして功を得て出世しようと思ってはいませんでしたが、なかば投げやりな気持ちで臨むことができた記憶です。

 今思えば、これを「開き直れた」と言うのでしょうか・・・。

 茶とアイボリー調の絨毯の廊下を通り、一番奥の豪華な応接室に通されました。

 素人なのでよくわかりませんが、壁紙はすべてアイボリーで20畳ほどのスペースに、マホガニーと言うのでしょうか、よく高級ヨットに使われているいい感じの茶色のぴかぴか光る木製テーブルが置いてあり、椅子も同様で座る部分は白い本革、壁際には大きくありませんが、高そうなツボなどが飾ってあり、絵画もかかっていますが高級かそうでないか私にはわかり様もありませんでした。

 上を見上げるとシャンデリアなんですが、これもなんだかよくわからない価値の物でした。

 これだけ高級品に囲まれるとだんだん感覚が麻痺してくる様で、先ほどの緊張がかえって無くなっていくのが分かりました。

 座って1分も立たないうちに別の男性秘書が入ってきて、「あーそっちではなく・・・こっちでしたね~」と再度立つように促され、さっき通ってきた廊下の途中にあった、先ほどに比べれば普通の素材でできたドアノブを回して開けながらトントンと叩き、「オーナー、来られました」と告げるとドアをささえて我々を通してくれたのでした。

 この男性秘書は40歳代でしたが、聞けば東大を卒業されたとても優秀なお方との事でした。

 常務が居たので来客と言う形をとったのだと思いますが、フランクに通してくれたので変な威圧感も無く部屋に入る事が出来ました。

 でもその部屋は、入口は大きくなかったのですが、先ほどの来客用の待合室よりも3倍はある部屋で、3つのスペースに分けられていて、一番奥は待合室と同様のテーブルとシャンデリアのスペース、その手前は我々が秘書に「座る様に」とエスコートされた高級ソファー(もちろんアイボリー色)、そしてオーナーの執務用デスクや本棚や飾り用の名酒が飾られた食器棚があり、その他はあまり余計なものは置かれていないシンプルなレイアウトでした。

 デスクはかなり長く使われているようで、古く褪せている感じが、自分の身近なジンクスとして使われて大事に使いこなしている感がありました。

 そしてデスクの上には手製の木彫りのプレートが乗っていて、ご自身の名前が彫られていました。おそらく肉親のどなたかの手作りなのかな?と思われるもので、デスクの空間だけはプライベート感が見える印象です。ご家族の誰かが制作した思い出の品の様に思えました。

 部屋を見渡し、あらためて奥を見ると長身で背筋が伸びた紳士が窓の外を見ながらタバコをくゆらしこちらに背中を向けて立っていました。冒頭で表現した様に全面ガラス張りの部屋からは、摩天楼の間を抜って真下に恩賜庭園が、そして東京湾を行きかう大きな船が見える、一般人にはすごいロケーションで、上着は着ておらずワイシャツにシルクバックのベスト、すらりとしたスラックス、高級革靴のいで立ち、明らかにゴールドで象られた縁に大き目のわずかに茶色のかすみが入った角の丸い四角レンズの眼鏡を取りながら振り向く姿、まさに石原裕次郎の世界だと言って良い70年代前後のかっこよさを感じました。

 百貨店の外商なら、彼の身に着けていたものがどれだけ高級なのか分かり、ブランドも言えたのでしょう。

 ワイングラスを持っていたら、まさしく「石原裕次郎」かお笑いの「ゆうたろう」でした。

 常務:「オーナー!!お久しぶりです。今日は例の件で説明に伺いましたが、こいつが担当します。オーナーの会社に昔、出向していたらしいですけど知ってますかね?」

 あまり敬語を使わずに馴れ馴れしく話しかける常務でしたが、生え抜きで当社を買収する前から顔見知りだったみたいで、長年の付き合いで可愛がられているのでしょう。

 それに応える様にこちら側を振り向き、私の方をチラ見して石原裕次郎が歩いてくるのかと思わせるオーラを放ちながら白いソファーのほうに歩いてきて、ゆっくりと腰かけ、彼はこう言いました。

 「・・・知らんな・・・。」 

(馬を買ったと思えばいいよ⑥へつづく)