セミナーからの帰り道、秋の夕日が背中を照らし黙って横を歩く彼を喫茶店に誘いました。
私 :「室長さんも、お悩みだったんですね?」
室長:「いつも懐に辞表を携え、覚悟の舵取りをしています。でも、銀行マン時代とは勝手が違いますし、なかなか本にある様な最新の経営手法を学んで取り入れても結果がついて来ないんです。」
私 :「それは業界の特殊性もありますし、なんといっても企業文化、すなわちこれにマッチしなければ最新の手法などと唱えても実務に反映されるのはずっと後だし、実際の形としてわかる保証もないですしね。」
室長:「やはり、そう思われますか?」
私 :「当社も、その反省の繰り返しです。」
私 :「よそから、特に銀行やファンドなどから出向いたり転職されてくる知識ある人々が、良く陥りがちなんです。最新の手法を代表者にアピールして取り入れる、というやり方。」
室長:「・・・・・」
私 :「室長さんは、暗黒物質ってご存じですか?」
室長:「しりませんね。」
私 :「私はよく、社内で制度や目標に向かう手法が、うまく進まないとか理解不能な状態にいる原因を“暗黒物質が邪魔している”と例えています。」
室長:「それは何ですか?」目をくるくるとさせて。
私 :「宇宙物理の本などで、宇宙の始まりを論ずるときに銀河系など小宇宙が様々な模様になっていたり、光が捻じ曲げられていたり、本来真っ暗で遮るものがない宇宙空間なのにビッグバンで星々やチリが広がる過程で、何らかの抵抗から各々不均衡な広がり方になってしまっているのは、目に見えない“何か”が存在し邪魔しているからその様な事象が起きると言われていて、その“何か”を“暗黒物質”と呼んでいる様です。それに例えて私が、会社にもその解明できない“暗黒物質”存在すると言っているんですね。」
室長:「なるほど。」
室長さんと喫茶店を出て駅に向かい改札で別れました。
敗戦はほぼ確定しています。
その後ろ姿は実に寂しいものがありました。
でも、彼にとって精一杯やった結果なのでしょうから後悔はないはず。
彼と話しているとき、彼の上着の袖の端が綻びているのを見つけました。
破綻した銀行出身とは言え、非の打ち所がないエリート街道を進んできて相応の収入だったでしょう。そのプライドをなげうって迄あの若社長を上場企業の代表にすると誓い、そして若社長と対立してもなお忠誠を誓いながら、上着の綻びも気づかないほどあきらめずに努力している、その姿は痛々しくも、経済の世界もスポーツと同じで努力して必ずしも浮かばれる世界ではない、でも彼の挑んだ姿勢と負けて潔く爽やかに散っていく男らしさは大いに評価されるだろうと思ったのでした。
私は会社に戻ると冷徹と感じながらも与信枠の減額手続に取掛かる旨、当方の役員に報告しました。
役員は「残念だな・・・。」同時に安堵の表情もありました。
そして私は、与信枠の減額を彼らにお伝えしたのでした。
与信枠を減額したという事に対し彼らの反応はありませんでした。
実績が伴わなければ、必要のない債権リスクは負えませんから反論の余地は無かったのでしょう。
とは言え、若社長が私に言い放った「臨むところでしょう」の言葉は、彼らには重かったでしょうから温情を訴えるクレームでは大人げないとしても、形式的反論などはあってもおかしくなかったのですが・・・。
若社長には誰もこの事を報告していなかったのではないでしょうか・・・。
その後、年を超えさらに数ヶ月経ち会社の周辺の桜が満開のある日、突然金庫番が私を訪ねて来たのでした。
(⑪へつづく)