倒産列伝011~会社の破滅を招く暗黒物質⑪

倒産列伝

 色黒で小太りながら、紺のスーツを着込んだ金庫番の彼は春満開の桜同様、実にさわやかな笑顔で言いました。

金庫番:「世の中、甘くないですよね?」

 どことなく割り切ったというか、吹っ切れたのか・・・うれしそう、そんな雰囲気でした。

 彼の切り出したい話題を察した私は、こう返しました。 

私:「そういえば噂ですが、メインバンクを大手地銀からメガバンクの営業本部に変えるという事でチャレンジされているとか?」

金庫番:「さすが、お耳が早いですね。若社長はメガバンク営業本部の玄関窓口から300mくらい前で、高級ワンボックスを降りて、そこからダッシュして汗だくになり、待っていた担当者に“電車で来た”とわざとらしくアピールを続けて頑張ったのですけどギャグですよ、見抜かれますよね。」

私:「その通り、彼らはそんな簡単に騙せるほど甘くないですよね(笑)。でも戦術は悪くないと思うのですが、やはり実の結果が伴っていないのが厳しいでしょうね。」

金庫番:「そうです。室長の浅知恵です。銀行マン時代の成功事例をもとに教えたのでしょう。」

金庫番:「しかしながら剣もホロロでした。2、3回形式的な面談だけで体よく追い返されましたよ。要はまったく相手にされなかったんです。同年代で仲のいい上場企業の社長さんに推薦までしてもらったのにも関わらず。」

私:「その方が連帯保証してくれるわけではないですからね。」

私:「やはり、借換ですか?返済を遅らせてもらったわけですよね?室長さんからは、それは返済“開始”を遅らせてもらっただけだとの事と聞いたのですが、なにか違いはあるのでしょうか?」

金庫番:「変わりはありませんよ、リスケです。改善計画を送らせてもらった通りです。」

私:「室長さんは減価償却費の計上を停止したり、過年度の償却不足を繰入れたり調整に銀行団への見せ方を苦慮されている様ですね。」

金庫番:「小手先の技なんて通用しません。賢くても技に溺れて本質に気づいていない。」

私:「ということはご来社の要件は、支援のご依頼でしょうか?」

金庫番:「わかりますよね。助けてもらえませんかね?」

私:「当社は金融業ではありませんので、単なる出資や貸付はよほどの理由が無いとできませんし基本的に規定で禁じられていますので、このハードルを乗り越えるには稟議を起案し役員会だけではなく親会社の承認を取ることになります。モノで支援という事は可能ですが、与信枠を減額した今、支払い能力に懸念のある御社にお金で手を差し伸べるのは難しいです。」

金庫番:「そうですね。いよいよ資金繰りがピンチです。なにか良い条件はありませんかね?」

私:「あなたは先代から仕える金庫番、あなたが動けば金融機関も動くかもしれません。数十億に及ぶ借入の借換えや返済延期はこれ以上できなくても、我々がご支援できるお金は工面できると信じますが如何でしょうか?」

金庫番:「それは何でしょう?」

私:「保証金の差入れです。頂けませんか?」

金庫番:「おいくらでしょう?」

私:「8000万」

金庫番:「・・・・良いですよ。そのくらいは既に用意できます。」

私:「御社の主要事業を守るに当社がご支援できる枠はこのくらいです。この枠を保証金で担保してくれれば今後、御社にどの様な事が起きてもお味方になる事をお約束できます。」

金庫番:「それは、心強い。でもどういう事でしょうか?」

私:「こちらも詐害行為として危ない橋を渡ることになりますので、まずは他言無用を前提としてご理解ください。」

私:「御社が仮に金融機関をはじめとする債権者から、差押えや第三者破産などの倒産を仕掛けられたとき、またはご自身で再生型倒産法の助けを借りようとするとき、あらかじめ当社に保証金を差入れておけば、主力店舗の活力を維持できる消耗品や商品の出荷は可能です。法的整理されたら裁判所はすべての支払いを停止させますから、たちまち御社は今までの仕入先に総スカンされ、モノが干上がります。再生するために申立てたのに本末転倒な状態になるのです。なので、この保証金を盾に私も自社を説得しモノの供給を可能にすることができれば、御社は生き延びる事が出来るのです。」

金庫番:「そこまで考えてくださっていたのですね。実は、室長は単に申立てをすれば法に則って支援されるか様に経営には提案しています。私は実務派なので、そんなはずはないと反対していたんです。」

私:「おっしゃる通りです。机上の理論では絶対にうまくいかないのが倒産です。きちんと戦術を立てなければ、長年築いてこられた会社の礎が無と化します。」

私:「それから、必ず当社もグループでなんらかの債権を残します。開始決定後も再生債権者として進捗を見守るのです。そうすれば、債権者集会で結審する際、貴重な賛成票を投じる事が出来ます。」

金庫番:「保証金で相殺しないんですか?そんな・・・何から何までご迷惑はかけられませんよ?」

 彼の目に涙が浮かんでいるのをみて、私はこう言いました。

私:「大丈夫ですよ」

私:「そのために、与信管理というものをやっているんですから。」

 金庫番が、この発言を理解してくれたかは分かりません。

 でも私は、顧客が増長して買いすぎてしまい過剰在庫で回転率を悪化させたり借入過多となり借入依存度が増え信用不安が発生し仕入先や銀行に裏切られ破滅していくのを幾度となく見てまいりました。

 与信管理と言う業務は、企業が社会性を保ちながら、大切な取引先が暴走しない様に与信枠で制御しかつ牽制し、いざ有事となった場合には債権回収で剥ぎ取るばかりではなく、会社が大事だと認めた取引先には支援を行える様に備えておく。

 そういう仕事である、と考えるのです。

 でも平時は内外の嫌われ役となるのが宿命で、割に合わない悲しい業務でもあるのです。

(⑫へつづく)