彼が手に持ってうれしそうに眺めているカタログは、高級腕時計ばかりを載せたB4サイズの雑誌でありました。私自身、あまり縁が無いので見たことが無い雑誌でしたが、彼はどうやら定期購読をしている様でした。
1000円~2000円くらいの雑誌だったかと思います。
事務の女性が社長の書類受けトレイに置いているのだと思われ、付箋が「社長」と表紙に貼られており社費で購読しているのがわかりました。
私:「その時計の値段は、おいくらほどですかね?」
と伺うと、彼は「いくらだと思います?案外安いんですよ。」と返してきました。
私が想像つかずに考えていると、彼が「500万円ですよ。」
今までも取引先で知り合った社長さん達のなかで、時計に凝っている方々は何人も見てきました。
そうでなくとも、だいたい経営者の方々が身に着ける腕時計は数百万レベルの物が多く、凝る人なら数千万円は下らない、家が建つほどの超高級モデルを見てきました。
その時々の社長さんらが自慢げに見せてくれたおかげで私も勉強になっていたので、なんとなく数百万円以上はするだろうなと見てはおりました。
それをいうと相対的には安いのかな?
そう思うのでしたが、今の現状でそれいうか?と同時に思うのでした。
私はてっきり、このあと営業所や店舗の景品を払い出すゲームマシンに投入する、いわゆる「プライズ」の話になるのかと思っていました。
カタログはあくまでも本物の見本として、そして実際に仕入れるのは極めて類似した、いわゆるパチモノという300円程度の中国製品を考えているとの発言をされるのだと思っていたのですが、よくよく話を続けていると、自身のファッションとしてこの500万円以上する腕時計を購入したい旨を話している流れであることが理解できました。
Y氏:「これも見てくださいよ。」
彼が袖をまくって見せてくれたのが、同じブランドと思われる高級モデルでした。
私 :「それも500万円以上するのですか?」
Y氏:「それ以上するんですが、ちょっと言えませんね。」
最初は自慢するつもりで見せたのでしょうが、私の若干けげんな表情を読み取ったのでしょう、彼はその身に着けている腕時計の価格を言うのはやめた様でした。
私のことを警戒する勘所は少なからず残っていた様でした。
その後は、相変わらず我々の座る本革ソファに来ることなく、当社の営業担当のセールスをあしらう様にトークを聞き流し「再生中の身で即決で仕入れる事はできない」とやんわりとした口調で断り文句を一言添えたのでした。
このひと時について私は「自分は何しに来たのかな?」と思いながらだんだんとY氏の話も、W君や若手営業マンの話も聞こえなくなり、E先生やA氏はどうしているのかな?と別なことを考える様になっていました。
結局、W君はなんで私に同行を頼んできたのだろう・・・?
おそらく、モノも売れなければ情報も聞き出せない出張の成果を問われるのをはぐらかすために、私を利用したというのが図星なところだったのだと思います。
それでも私には私で、ついでの目的があったので付き合いました。
再生に関わる情報は、ある程度の専門知識が無いと報告どころか収集も難しい割に、社内の上層部は営業担当に「行って聞いてこい」と言うだけなので、倒産に理解の無い環境なのは気の毒だと思うので私に同行を頼んでくるのは仕方ないと思うのですが、そんな営業マンも時にずる賢く私が同行したから相手が警戒し、買い(売込)の商談までいけなかったとか、言い訳の材料にする者もいました。
今回の本音は何なのか考えるのも無駄と思えたのでE先生に会える事を目的に来てしまったのですが、Y氏の体たらくを(この時点ではほんの一部分ですが)目の当たりにして、あらためて機会があればE先生に今後のシナリオを聞いてみたいと思った次第でした。
話も終わりに近づいたときに
Y氏:「せっかく当県に来たのですから、おいしいものを食べに行きましょう。」
W君:「例の牛肉ですね?待ってました。」
Y氏:「そうそう!当県名産だから、いかないとね。」
急に雰囲気が明るくなり、何の話かと思いきや「これから食事に行きましょう」という事になったのでした。
W君は昔からおいしいものに目が無い男でした。
と言うか、それが楽しみで出張に来ているようなものでした。
前々からY氏とW君は商談よりも、こっちが話題になっていた様で、最高にうまい和牛のサイコロステーキがあるという事でした。
なるほど私の同行は、商談だけでは不足な話題を補うために“再生に関わった役職者の訪問”というセレモニーと実際に訪問したという既成事実を作り、Y氏にサイコロステーキを振る舞ってもらえる機会を創出したのだと直感したのでした。
相変わらず表情の読めない顔立ちでしたが、これがメインの目的であったと思われ、彼の声は高揚しているのが分かりました。
「私も安く見られたものだ。」心の中でため息がもれました。
彼はもともと営業ではなく、あの軍団の所属する事業部の出身でありました。
業務スキルの精進や業績の向上心はそっちのけで、上司とキン〇マを握り合って上手に立ち回る方が出世できるという環境で育った彼は、若いながらも順当に出世できていた方で課長職になるのも早かった方だと記憶しております。
ところが、自身の上司が政治闘争に敗れ、実力重視な私の所属する事業にユニットごと異動してきたのは数年前でした。
そしてセクハラです。
自分がそのユニットを飛び出せるほど周辺にアピールできていたなら良かったかもですが、いかんせん実力は無いのでそれは到底かなわず、徒弟制度の様な雰囲気を持つキン〇マ握り合うライン主義でしたから一蓮托生となり、一緒にこちらに異動して来らずを得なかったのでした。
まだ若いので順当に昇格し、このキン〇タマ握り合うやり方を受入れ、そして信じてきた道でしたがライン一からげとして一緒くたに捨てられた状況になり、そんな運命を受け入れられない彼が、うっぷんばらしに出張の度にグルメを追い求め、会社では威張ってセクハラ、パワハラとなったのはなんとなく理解もできました。
私はW君に対して「この期に及んで、まだ人を利用しやがる」しかも生産性のないことに能力を発揮している事に頭にきていたのですが、Y氏に連れられてタクシーで10分ほど走ったところで降ろされたところが、海がほど近い平地でフェニックスの木が整備され規則正しく植わった南国感満載な飲食店が立ち並ぶ区域の外れ一角で、意外と小さな居酒屋だったのでした。
入ると掘りごたつ形式の座敷スタイルで、さっきの腕時計の話から想像して高級ステーキハウスに連れてこられるかと思いきや、という感じでありました。
地方都市ですから、東京の様に超高級レストランがたくさんあるわけではありません。でも食材については申し分ない、いわゆる肉の産地として全国でも有名なところだったので、一見しがない居酒屋でも、地元という事で最高級の牛肉を安価で仕入れられる環境になっているのでした。
居酒屋に入って店内を見渡すとふつうの居酒屋でした。
Y氏と皆で、普通に生ビールを飲んでつまみを軽く食べ、腹八分ぐらいになったところで、W君がY氏に「そろそろ例のやつオーダーしても良いですかね?」とたずねると、Y氏も「いきましょうか」と
言って店員に「サイコロステーキ4つ!?」と勢いよく声をかけたのでした。
ソースの種類も一般のステーキハウスの様に、ニンニクしょうゆ、ソルトバター、塩コショウ、ステーキソースなどなどあってどれも決めかねていると、それぞれ小鉢に入れて持ってきてくれるとのことでした。
しばらくすると、誰でも聞き覚えのある牛肉の焼ける音が聞こえてきて、これまた良くあるフライパン型の鋳物でできたステーキ皿にサイコロ肉が盛られ、ジュウジュウと音を立て脂と水蒸気を跳ね飛ばしているのが分かりました。それを店員が熱いのに我慢しながら急ぎ足で持ってきて、テーブルの上に滑り込ませるように全員に行渡らせました。
牛肉をサイコロ状にカットしたもの以外、何もないシンプルな盛り付けで、鋳物の鉄皿には未だジュウジュウと音を立てているサイコロステーキとその底にはそれらから出てきた脂が漂っていました。
サイコロステーキはというと私の様な庶民には、いわゆるなぞ肉をサイコロ上に固めて冷凍したもので普通はスーパーの冷凍食肉コーナーに売っているものと思うのですが、これはひとかけらが二回りはそれよりも大きいもので、よく見ると元々は一枚のステーキ肉に匹敵する大きさであったことが分かる代物でした。
なにもサイコロにしなくても良いのでしょうが、おそらく高級肉ながら売れ残りの部位を安く仕入れるために大きさがまばらだったりする端材部分と思われ、商品にするには小さすぎたりして、単品にはしづらいため、あらためてサイコロ上に整え加工し売り物にしていたものと思われました。
とはいえ、東京の高級焼肉店やステーキハウスで出てくるものが、こんな離れた地方の居酒屋で安価に食べられるのですし、口にほおばるとやわらかく、噛むと中でソースと調和し、まったりした肉汁が溶け出てきて絶妙に得した気分に浸れる瞬間を体験できる、とにかくおいしいものでした。
サイコロステーキになっているのは、溶け出やすい肉汁を閉じ込める目的でもあったのだと、当初の私の「端材をサイコロ上にしてごまかした」のだという予想の「ごまかした」部分説を覆し、「そしておいしさも閉じ込めた」という答えが感覚的に口の中から脳に伝達されたのですが、誤った概念で頬張ってしまった罪悪感も瞬時にかき消され、なんとも言えない幸せな気持ちになったのでした。
「W君が目当てにしたのはわかる気がする」と不覚にも彼の行動に納得感を覚えてしまいました。
でも彼の本業は肉を味わう事ではなく、AB社の再生が出来る様に、外部の利害関係者かつ長年付き合って来た重要仕入先として見守り、時にはY氏に対して厳しい諫言も辞さない態度で接しなくてはいけないはずですが、こんなおいしい肉を食べさせてもらう「恩を買う」パターンを繰り返していたら、Y氏は当社からの商品の仕入れを断わりやすくなり、そして彼からの情報も得られなくなるはずでした。
以前にも述べましたが、エンタテインメント業は商品の導入を積極的に行い常に店内の新陳代謝を進めなければお客たちに飽きられてしまい、彼らの心と足が離れてしまいます。
新製品の売上が上がらなくても、償却の済んだ既存商品の利益で財務を保てるように努力するのが経営者の務めなのですが、いかんせん過剰仕入れや償却資産の不正計上などが倒産の原因だったわけですから、その手法を変えなければいけないのはわかっていましたが、セオリーに反して全く仕入れなくなるのも再破綻へ突き進む原因となり、良くない方向に進むことでありました。
でもW君は、その経営改善と旧来のセオリーとのバランスを保つよう、常にY氏に嫌われてでも諫言し続け、密に連絡を取り合い詳しい動静を会社に伝えなければいけないはずですが、これでは肉にほだされて強気に出れないばかりか、結局彼は自分がサイコロステーキを食べる機会を得られれば、旧A社の再生などどうでもよかったんだと思いました。
そしてY氏も、心の中ではW君のことは当然のこととして、当社のことも信用しなくなっていたのだと思います。
当社側トップも、既にこの件は「どうでもよい」態度に変わってしまっていたことや、リベンジとは言えセクハラで一度閑職に追いやられたW君を担当課長にあてがわれたのでは、Y氏がそう思っても仕方なかったでしょう。
しばらくしてサイコロステーキをテーブルを囲んだみんなが食べ終わり、デザートが出てきたタイミングでY氏が話し始めたのでした。
Y氏:「今日は遠くから来ていただいて、また再生に協力していただいて本当にありがとうございました。でも今後は、A社の様に御社からたくさんの商品を仕入れる事はできないと思いますよ。僕にはね、とある経営の師匠がいるんですよ。たぶんあなたも知っていると思いますけど。」
(⑰につづく)