倒産列伝016~馬を買ったと思えばいいよ⑭

倒産列伝

 Oさんの会社(H社)から提出された企画書を見た当社の元仕入責任者によれば、ワールドワイドに売れそうな作品としては物足りないものばかりとのことでした。

 彼がOさんの会社の工場に元部下であった現役の商品部長を伴い、私も同行しプロトタイプの視察会を行いました。その席で彼らは「ロボットは、まあまあいけそうだ」とか「潜水艦は常務が気に入るな」とか、試作の実物を見てこの様な意見を述べられていました。

 やはり、見立てを行うにあたっては「長年の経験で感覚的にしか評価できないものなんだな。」という印象でした。ヒット商品なんて当社の様な大手が、開発費に大枚はたいていCMなどで盛上げ鳴物入りで売出したって、そういうのに限って実績は期待外れとなるものが多く、だいたいヒット商品の出現を確率論で言えば10%にも満たないといわれ、逆に低予算で誰も期待せずに売り出したもののほうが大ヒットしたりするものです。

 結局は何がヒットするかなんて誰にも分らないと言っていいのでしょう。

 そんな常識の中で、大企業のサラリーマンでぬくぬくと定収入を得て、思いつきのアイデアに青天井の予算をぜいたくに投じる権限を持ちながらも責任はあいまいで気楽な連中の、感覚で物言う意見や態度は、いつも資金繰りカツカツのOさんの会社の幹部らにとってはどう映ったことでしょう。

 それでも数と販売力、ブランド力に勝る大手が、話題と収益をガバっと持っていく構図はなかなか変えられないのも分かっていたので、否定もできないもどかしさがあったのでしょうが、私が考えるまでもなく完全にOさん筆頭にして負け犬根性がしみ込んだ卑屈な人々になっていた様にもみえました。

 この様に、その場で大きく二つの企業文化が対峙していて、占領軍の様な振舞いの当社側と、その様子を見ているOさんの会社の人たちとの感情が入乱れる空気が何とも言えず、ついつい間を取り持ち「オーナーは企画書を見て喜んでいましたから、とにかく売ってみないと分かんないですよね?」なんて発言をしてしまい我ながら情けなくなてしまいました。

 私としては、とにかく「これらを確実にお金に変えなきゃいけませんし、あーでもないこーでもないなんか言ってられない。」と言いたいところだったのでした。

 しかしながら、玄人には別に、PL法の問題とか材質がEUの基準に合うのか、下請の技術レベルはどうだとか気になることばかりだった様で、単純に「さあっ売りましょう!!」とは言えないとのことでした。

 Oさんに聞いたら、この企画書のラインナップは正直、何年も前に考え出されたものの彼ら自身が総合的に判断してボツになったものだったそうでした。Oさんとしては、諦めきれずに世に出したいものだったことは確かな様でしたが、H社側の営業部長や開発部長は当社の製造インフラに係るチャネル力を試すつもりもあったようなのでした。

 「あなたがた皆、現状がわかっていないっ!!」「悠長な駆引きなど要らない!!」私はそう怒鳴りたくなりました。

 H社の幹部らは、あたかも当社のせいでこんな目に合っていると勘違いしているようでした。Oさんがちゃんと危機感を伝えていたかは不明です。おそらくOさんも先代から付き従って来た自社の幹部連中に真実を話すと、皆辞めてしまうかもしれないという不安から、ちゃんと話をしていなかった可能性はあります。また経理の責任者が銀行側の度重なるプレッシャーに耐えられず辞めてしまい不在となっていましたから、Oさんとしては真実を伝えるのは難しかったかもしれません。

 二代目御曹司として、古株らの扱いに苦労されていました。

 でも経理責任者が何人も立続けに辞める会社なんて、危ない会社の典型ですから外の噂を耳にした人は薄々気づいていたはずです。

 そして当社の営業系の幹部や事務方の部下たちは、このH社救済プロジェクトについて自分らにはあまり得が無いと気づいてきた様でしたが、本来は直属の上司である常務に、無駄に振り回されている恨みの念を向けるはずが、なぜか私にそれを向けるようになってきていました。

「あいつは良い位置にいて役得だ」というあらぬ妬みの心がそうさせているのか、「あいつなら(常務に)我々部下にとっては迷惑なんだと伝えられるだろう」と言う気持ちもあったのでしょうが、社内立ち回り巧者の常務の事なので普段の会議などで言葉の節々に私にしわ寄せが行くように仕向けていたのかもしれません。

 私自身、彼(常務)にそんな猜疑心を抱く様になってきていました。

 現場の執行役員をはじめとする営業幹部の連中は、取引先の倒産で何度となく私に助けられてきたので直接態度に見せてくることは無かったのですが、営業系統の間接部門にいる課長レベルの者たちのあからさまな態度が、とてもよく伝わってきたのでした。

 彼らが社内実務の主役ですから、彼らのモチベーションが低くなると直ちに物事が進まなくなります。

 与信管理実務者の宿命で、営業マンに嫌われる発言をしたり、取引先企業の倒産や債権の回収などで債務者(相手側の代表など)に厳しい事を幾度となく伝えたりする場面は多かったので、目に見えない抵抗を受けるなどの経験をしてきても最後は私の方が正しかったし、誠実であったと評されてきた自負がありましたから、後々わかってもらえる自身がありました。

 また彼らも、私の厳しく冷酷に発する言葉(特に忠告や反省を促す言葉)に対して、過去に私の言うとおりにやらなかった結果どうなったかを経験してきた上層の幹部らは、私の発言にその場は憤りを感じたとしても私に対するリスペクトの態度は崩さないところが良い関係であったと思います。

 事務方の役員に「あんなに厳しい事を言っているのに、感謝されている事が分かる。信じられないしとてもすごい事だ。」と称賛して頂いたことがありました。

 私にとっては「あたりまえのこと」で、自分だけ安全な位置に居て口だけの危機管理を行うのとは違い、自分もいっしょに危険なところに出向いて行って解決してきた信頼の積み重ねの結果だと考えていたからでした。

 昔はよく不良債権を背負ってしまった営業担当は、(特にバブルの清算のころは)上司や管理部門から距離を置かれ、自分一人で解決しなければならない環境に追いやられ、知識が無いので行き詰まり、自分の将来が暗いものになったと諦め、一人寂しく去っ(退職し)ていく者が多いものでした。

 バブル崩壊後の清算の時代、何度も先輩社員たちがその様な不幸な目に会う場面を見てまいりました。ある日突然高額な不良債権を背負ってしまった結果、我々の前から消えていなくなった花形営業マンもいました。 

 営業マンの中で厳しい競争に打ち勝って出世している人たちは、常にノルマを達成し続けていても不良債権を背負った経験は無い、いわゆる運の良い人達ばかりで、いざ自分の部下が貸倒に会いそうになると逃げる様に切り離そうとするのです。私はそれでは組織内でこの様な経験が役に立たない、何度も同じ轍を踏んでしまう。「そうであってはならない」という思いが強く出て、やがて組織の上に立つ者(営業センスが高くマネジメント能力もすぐれている者)は、必ず取引先の倒産や不良債権を背負って回収する経験もして、次代に伝えられる様にならなければならないと謳ってまいりました。

 その訴えを続けたおかげで、当社では私が深く関係する営業部門の管理職は皆、貸倒経験を持った者たちでありました。倒産や貸倒れの経験を持つことで債権回収の苦しみを知り、背負ってしまった者たちの痛みを知り、そして私が何よりも伝えていたのは、債務者つまりは倒産した企業、その経営者、社員たちその家族の痛みも知るべきであるということでした。

 「故に人の痛みを知れば人に優しくなれて、相手を慮った厳しい発言も言えるようになる。」と信じ当事者となった営業担当には特に寄り添って応援し、その者の将来の糧になる様にしてまいりました。

 経営不振に陥った取引先に対しても、同様でした。結果的に倒産を申立て役を退くことになった取引先の役員から、お礼のメッセージを頂いたこともありました。

 しかしながら今回の件で、長年の仲間たちと過去から培ってきた信頼関係を崩すような雰囲気になるのは、数十年この会社で頑張ってきた何かを捨てる様で、オーナーや常務などの支配者の方だけを向いて出世を信じ邁進する転入者(転職してきた者)の様にはなれなかったのでした。

 よく銀行などからの転籍出向者や転職者で、割きりのすごい人は良くお見掛けしてきました。どちらかというと、グループ幹部の方々はそういう方々が多い印象でした。そうでないとトップに上り詰める事はできないのでしょう。ただ、常務だけは違いました。

 彼については私が新入社員のころから見てきました。彼が係長代理に昇進と同時に地方に異動させられて、その送別会の二次会のキャバクラで「どうして俺が飛ばされるんだ」と愚痴っていたところも見ましたし、その後、地方で歴史に残る活躍をされて、当時の代表などから表彰され本社の役職者になり、私のいた別の地方営業所まで来てくださり、一緒に飲んで泥酔し私の社宅でマグロの様に寝てしまったこともありました。そういう意味では彼自身に対しても私の若いころからの思い出の多い人物でありましたし、役員になられてからも良く話をする機会もあって、良き先輩でもありました。彼の結婚式の二次会の幹事もしましたし、彼のほうから見ても私は長い付き合いの信頼できる数少ない後輩だったのかもしれません。オーナと同じ雰囲気で人間味を多く感じる人でした。

 そんな私との関係だから、反発心を込めた発言を聞いた瞬間「お前までそんなことを言うのか?」という言葉が出てきたのかもしれません。かくして、オーナーの気まぐれの遊びなのか本気なのか分からない、この資金繰支援地獄は関係する人々の不信感を醸しだし、良くない方向に向かっているとしか思えないのでした。

 いやいや、こんな味方同士がいがみ合っているところを傍観し思いを巡らせている場合ではありません。

 とにかく時間が無いのです。

 Oさんには焦りはないのでしょうか?1日も早くこの状態から資金繰の憂いを脱するには、K行を排除し当方のペースで資金繰環境をコントロールできるようにする必要があります。当社側やH社側にいろいろな感情はあるのでしょうが、せっかく苦労して生み出した商品を営業部隊が販売し代金を回収して費用を差引き、ようやく利益が生まれ資金繰の原資となるわけですが、その資金繰のプレッシャーばかり掛けてきて何もしない彼らのために、その貴重な原資の一部を上納する(搾取される)のはH社やOさんはK行に対し「申し訳ない」という気持ちはあっても、当社には迷惑な話でしかありません。

 そもそもK行への返済分もH社が十分に確保できる商売をして収益環境を作っていれば問題なかったのですが。

 私としては、K行を排除する方法として考え得るにいろいろなやり方がありますが、私は事件屋の類いわゆる「整理屋」ではありませんから、違法はもちろんのことスレスレの事もしてはいけないと考えていました。

 しかしながらこの様なことをするには弁護士をつけなければなりません。債権者や世間に詐害行為の疑義を持たれないためには、当社側ともH社側とも過去に関係のない弁護士で、倒産関係に精通した先生を探し出す必要があり、それが大きな悩みどころでありました。

 私としてはオーナーにこの事を提案するため、グループ内において専門知識の豊富な方々に相談しましたが、皆前向きな意見を頂けず、ほとほと困り果ててしまいました。

 そんなときOさんが

O氏:「私が旧知で、企業再生コンサルタントをされているMs氏に相談してみましょう。」

 その名前を伺った瞬間に「どこかで聞いたような・・・」

 そうだ思い出した、あの会社の社長だった人物だ!!

(倒産列伝016~馬を買ったと思えばいいよ⑮へつづく)